[著者コメント漫画]理系漫画家になるには(3)-文系女子高生、物理学科を受験!?

理系漫画家の過去漫画シリーズ、その3です。今回は沖縄の石垣島で育ったはやのんが高校生になって物理に出会い、そして大学は物理学科を受験するという話です。物理学科だったんですね!さすが、理系漫画家!しかし、高校3年生までの私は……!?!?衝撃の事実、どうぞ!

(ここまでの記事)
理系漫画家になるには(1)-はじめまして!理系の漫画家です!
理系漫画家になるには(2)-石垣島でファミコンに出会い、高校で物理に出会うまで

このシリーズは2011年に描いた自己紹介漫画『理系漫画家になるには』をキリヌキで数話に分割して、ブログで無料公開するものです。このタイトルの通り、理系の漫画家になりたい人がいたら、何かの参考にしていただければと思います。


追記:どうもこのタイトルから「今デビューした瞬間の理系の漫画家」と思われたようで!?びっくりしました。1991年に商業誌デビュー、2002年に科学誌デビュー、2007年から「理系漫画家」と名乗り、理工系に特化した漫画を長年描いている者です…!
理系漫画家はやのんプロフィールのページ
Twitterにも略歴あります!


理系漫画家はやのん…実は高3の秋まで文系女子高生だったんです。

いわゆる理転というやつなんですが。高校3年生の秋まで文系の大学を受験する気でいました。しかしなぜ物理学科なんかに志望変更!?(←すっごく失礼)

中庭にハブがいる大学だった。

なんと、当時好きだった男の子が、数学科に行くというのです。「数学科は無理だけど物理学科くらいなら」と、地元沖縄の国立大学の、理学部物理学科を受験することにしました。いや~、すっごく、失礼ですね。物理の人、ごめんなさい。伏して謝ります。あっでも私は本当に物理が好きだったんです。前回の記事を見てくださいね。

ところが!?
相手は落ちてしまいました。
・・・・・・!?!?
なんで!?
25 年以上経った今でも意味がわかりません。
文系女子が高3秋からで受験して受かるようなとこに落ちるって何なの???

そもそもの目的を失い、大学の物理学科に通う意味をまったくもって見失ってしまいました。大学は欠席がちで、先生や同級生に大変な迷惑をかけました。伏して謝ります。この時の先生に、若かりし頃の「いろもの物理学者」前野昌弘先生 (Twitter: @irobutsu) がいました。他にも、素晴らしい先生方がいらっしゃって、何十年経った今でも感謝の気持ちを忘れていません。しかし、大学生当時のはやのんは、とにかく、いろいろダメでした。

でも大学時代に物理の出来がよくて、研究の道になんてことになったら、漫画家にはなっていなかったかもしれないです。

そして何をしていたかというと、那覇、国際通りのゲームセンターに通い詰めていました。当時流行していた『バーチャファイター』を、筐体と基板が買えるくらいの金額までプレイしていました。これはまあ、後にゲーム業界人になったので、何か許せるような気はします。

そしてもうひとつ、その当時は、音楽の方に熱心に取り組んでいました。曲を作って歌い、90年代の沖縄、那覇市のスタジオに通っていました。ミュージシャンになりたかったのです。

大学時代は、ファミ通のゲーム帝国に文字ネタを投稿したのを最後に、ゲーム雑誌の投稿もやめてしまっていたし、絵はまったく描いていませんでした。

やせてた…

結局、音楽のほうはうまく道が開きませんでした。向いていなかったんだと思います。この辺の音楽話はそれはそれで面白いので、またいつか語りたいと思います。私は昭和50年(1975年)生まれの氷河期の厳しい年代で、大学卒業時は就職も厳しい時代でした。そもそもあまり就職する気はなかったんですが…。なにかクリエイティブな仕事がしたかったので、大学卒業を機に、沖縄を離れ東京へ行くことにしました。

最初は千葉に住んだわけですが、最初の1年は経済的に大変苦労しました。駅前のDPE屋さんでバイトをしていました。(今の人、DPEって、知ってます?)本当は音楽をやりたかったのに、できなかったから、「しょうがなく」絵を仕事にすることにしました。(これもまたなかなか失礼ですね。昔の自分は、こうだったなと思いました。)

約1年後ありがたいことに漫画家の鈴木みそ先生(Twitter: @MisoSuzuki)と出会い、アシスタントにしてもらうことができたので、翌年からは東京に住むことになりました。大学を卒業して2年後まではバイトをしながら漫画アシスタントをして、雑誌のイラストをちょっと描かせてもらったり…という生活をしていました。かなり、苦しかったですが、がんばっていましたよ。その辺りのことは、イラストレーターや漫画家志望、駆け出しの人の励ましになると思うので、また詳しく書こうと思います。

次回「出版社に持ち込みツアー!」ちなみに結果から言うと10か所回って5か所から連載や仕事がもらえるようになりました(やったね)。

(次の記事)
理系漫画家になるには(4)-10社中5社から仕事が来た出版社持ち込みツアー

理系漫画制作室の料理-ごぼうきんぴら、にんじんシリシリ、きゅうりみそ和え、れんこんきんぴら

電気代の安い夜間電力時間帯を利用して、早朝、まとめて料理しています。今日はごぼうきんぴら、にんじんシリシリ、きゅうりみそ和え、れんこんきんぴらの4種です。作り置きしておくことで、今日明日の食事のときにサッと出せます。我が家は私以外の家族は皆、明日で冬休みが終わりです。毎日3食+間食、おやつと提供がんばりました。

[2020年! 仕事がはかどる買い物]デロンギ(DeLonghi)全自動コーヒーメーカー ブラック マグニフィカ ESAM03110B

以前より欲しい欲しいと思っていたデロンギのエスプレッソマシンを、2019年11月、ついに購入しました。機種は、おすすめ記事を見て、複数の候補を比較し、迷いに迷った末「一番安いもの」を選びました。その理由は!?

理系漫画制作室のカフェコーナー。嬉しい。

購入前、デロンギのコーヒーマシンが欲しい、とまでは思っていたのですが、具体的にどの機種を買ったらよいかわからず、というか、どんな機種があるのかもわからなかったので、非常に悩み、面倒臭く思っていました。

それまでは10年間ほど、高価なスペシャルティコーヒーをハンドプレスでいれるという、大変に意識高い系な雰囲気でコーヒーを飲んでいました。

↑ BODUMのハンドプレスポットです。
これは確実に美味しいんです。コーヒーの、粉っぽいところが楽しめるのが、たまらない。でも、いれるのがめんどくさい。お客さんが来たとき湯を沸かして待たせるのがイヤ。

というわけで、やっぱり、コーヒーマシーンを購入しよう。ということになったのです。

候補は3つ-全自動ブラックのみorその上位機種orミルクも使える全自動

コーヒーマシンはいろいろなメーカー、機種がありはするのですが、まず「デロンギか、それ以外か」で考え、私はデロンギを選びました。そして「手動か、全自動か」の選択になります。手動はエスプレッソマシン器具内にコーヒー粉末を詰め込んで、ギュッと圧力をかけて抽出するという方法です。ハンドプレスのポットが面倒でマシン購入を考えたわけなので、今回は、全自動のマシンを選ぶことになります。全自動は、豆と水をセットしておいて、ボタンを押せば、コーヒーが出てくる。という方式です。

というわけで、デロンギの全自動エスプレッソマシンの中から選ぶことになり、以下の3機種のうち、どれにするかを悩みまくりました。

↑ デロンギ (DeLonghi) マグニフィカ ESAM03110B
良い所:一番安い。
どうかな?と悩んだところ:基本、ブラックコーヒーを飲むためのマシン。スチーマーはあるので、ミルクを扱いたかったら、手作業で行うことは可能。一番安いやつを買うのってどうなの?大丈夫?

↑ デロンギ (DeLonghi) マグニフィカS ECAM23120BN
良い所:販売サイトなどを見ると「一番売れ筋機種」っぽく見える。これ買ったら安心って雰囲気。コーヒーの抽出具合を細かく設定できるっぽい。
どうかな?と悩んだところ:そんなに人が多いわけでもないオフィス用に購入するには高額すぎでは?(買う段階になってビビっている、よくあるパターン)

↑ そして デロンギ (DeLonghi) マグニフィカS カプチーノ スマート ECAM23260SBN
良い所:「ミルクまで全自動」の機種で、ラテメニューが自動でつくれるというのがかなりの魅力。
どうかな?と悩んだところ:しかし、ものすごく高い。ミルクのコンテナの洗浄が面倒そう。食中毒を出したら大変だ。そして、何より重要なポイントとして、大変高額。(今回考えてる一番安い機種の倍くらい!)

悩みに悩んだ末、一番安い「マグニフィカ」に決定

いろいろ悩んだのですが、「自分はブラックコーヒーしか飲まない」ことに気が付いたので、一番安い機種でOKと決断しました。

お菓子もある!ヤッタ~

理系漫画制作室ガレージオフィスに設置したデロンギ(DeLonghi)全自動コーヒーメーカー ブラック マグニフィカ ESAM03110Bです。メッチャ、ウレシ~!

だいたい朝から数杯飲むっていう感じです。濃いコーヒーなので、数杯飲むとかなり満足します。豆、水のセット、コーヒーかすの掃除、簡単です。

感想としては

買ってよかったー!

どうせ買うなら早く買ってたくさん使ったほうがいいので、欲しい人は、買ってください。年に数回あるAmazonのセールのときなど、数千円って感じで安くなっていますよ。(規約があるため、具体的にいくらという数字は記載しません)

↓ これです!
デロンギ(DeLonghi)全自動コーヒーメーカー ブラック マグニフィカ ESAM03110B

あと、冬休みになってからの使用経験談も追加しておきます。誰もいないガレージオフィスに置いてもしょうがないので、自宅に運び、台所に置きました。

なんか生活感がすごいですけど、許してください。

心に沸き起こる、圧倒的豊かさ…!

自宅にエスプレッソマシンがある暮らし…最高です。

コーヒーをいれることで仕事を一休みするのが好きな人もいますが、仕事を切らずに好きなときにコーヒーが飲めることが、生産性を大幅に上げてくれることに気が付き、驚きました。12月になって私がこのブログを開設できたのも、コーヒーマシンが生み出してくれたゆとりのおかげだと思っています。

というわけで、エスプレッソマシンのすばらしさについては、いつまでも語ってしまいそうですが、今回はここまでにしておきます。

上記の、BODUMのハンドプレスのポット、デロンギの各機種、どれもおすすめです。美味しいコーヒー飲んで、いい仕事してください!

追記:「デロンギ」を「デギロン」「デンロギ」と間違って覚えている人が一定数いることを知りましたが、あなたが探しているのは、これです。

[著者コメント漫画]理系漫画家になるには(2)-石垣島でファミコンに出会い、高校で物理に出会うまで

理系漫画家の過去漫画シリーズ、その2です。今回は沖縄の石垣島で育ったはやのん、8歳でファミコンに出会い、その後高校生になって物理に出会うところまでです。

(前の記事)
理系漫画家になるには(1)-はじめまして!理系の漫画家です!

このシリーズは2011年に描いた自己紹介漫画『理系漫画家になるには』をキリヌキで数話に分割して、ブログで無料公開するものです。このタイトルの通り、理系の漫画家になりたい人がいたら、何かの参考にしていただければと思います。


追記:どうもこのタイトルから「今デビューした瞬間の理系の漫画家」と思われたようで!?びっくりしました。1991年に商業誌デビュー、2002年に科学誌デビュー、2007年から「理系漫画家」と名乗り、理工系に特化した漫画を長年描いている者です…!
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はやのんは沖縄の石垣島で2歳から18歳まで育ちました。1983年、8歳の時に発売された任天堂ファミリーコンピュータに出会います。ファミコンはとにかく熱中して遊びました。のちにゲーム業界人になるくらいだったので、まあ、そうだなと思いますが、人生を変えてくれたのはファミコンだと思います。当時はゲームや漫画は悪と言われる時代だったので、「ゲームをしているせいで勉強ができない」みたいなことを言わせてはならないと思い、よく読書や勉強などをしていたように思います。絵を描くのが好きでゲーム雑誌に投稿ハガキをたくさん載せてもらっていました。今の仕事でやっているすべての要素がここから始まったと思います。

高校生のときはかなり熱心に絵を描いていたのと、受験勉強が楽しくて毎日毎日勉強してました。その中で出会ったのが物理。あとで詳しく書きますが実は文系だったので数学が苦手だったのですが、図解や文章的理解で強引に乗り切っていました。図解と文章で理解というあたりも今の仕事の通りです。

物理の先生が、こんなことを言ってくれていました。「物理を一生懸命勉強していて、絵が上手だから、将来は物理の漫画を描いたらいいね!」と…。その後実際そうなっていますから、すごい一言だったと思います。
2019年になって数十年ぶりにこの恩師に会い、このことを話したら、覚えていなかった!(あれ~)でも、本当に、いいことを言ってくれていました。

「物理の漫画?」
意味がわかりませんでした。
私は普通に(?)漫画家になって、ゲーム雑誌などの漫画連載をしたかったのです。これも、その後実際に実現したのですが…。

普通に漫画を描くだけの漫画好きな子だったら、そこそこのところで終わっていたんじゃないかと思います。とにかく高校で物理に出会ったことが現在につながりました。

次回は「文系女子高生、物理学科を受験!?」
一番おもしろいところかもしれないのでぜひ見てくださいね。

(次の記事)
理系漫画家になるには(3)-文系女子高生、物理学科を受験!?

[著者コメント漫画]理系漫画家になるには(1)-はじめまして!理系の漫画家です!

2011年に描いた自己紹介漫画『理系漫画家になるには』をキリヌキで数話に分割して、ブログで無料公開することにしました。このタイトルの通り、理系の漫画家になりたい人がいたら、何かの参考にしていただければと思います。

今では理系で絵を描く人がかなり増えたように思いますが、当時はあまり、そういう人がいませんでした。それで、「自分の理系の専門知識と、絵を描く能力を組み合わせて、理系漫画家になったらいいですよ!」というような内容の冊子をつくって売っていました。2016年に冊子の在庫を完全処分したので日の当たらないところで寝かせていましたが、ずいぶん時間が経ったので、著者としてのコメントも追加して、このブログで紹介します。


追記:どうもこのタイトルから「今デビューした瞬間の理系の漫画家」と思われたようで!?びっくりしました。1991年に商業誌デビュー、2002年に科学誌デビュー、2007年から「理系漫画家」と名乗り、理工系に特化した漫画を長年描いている者です…!
理系漫画家はやのんプロフィールのページ
Twitterにも略歴あります!


前提としては、私が「大学院に行く前だった」「まだ雑誌や新聞から依頼された仕事だけをしていた」「セルフプロデュース仕事はしていなかった」「研究広報の仕事もしていなかった」「海外向けの仕事もまだしていなかった」頃に描いたものでした。10年近く前のことだったので、今よりも若かったし、世間知らずで、無知だったし、無謀だったので、苦労はあったのですが、でもそのおかげでできていたこともたくさんありました。

私は自分は裏方と長年思っていて、ネットで自分のことを語るということをあまりしないでこれまでやってきたので、このブログでは、初めて外に出す情報が多くなるかと思います。

当時は「物理学科卒の、理系漫画家」でした!
「漫画家なのに理系!?」
「理系なのに漫画家!?」
と驚かれていました!
今ではそういう人全然珍しくないですよね。

当時はゲーム雑誌と、子供向けの科学雑誌、工業系の新聞(全国紙)、その他多数の連載をしていました。20代の頃から、コンビニで売っているような雑誌で常時5誌くらいで連載をしている感じでした。2002年以降科学関係の仕事をするようになり、2008年くらいからその傾向が強まり、2012年まではそんな感じの漫画家をやっていました。その後2013-2015年に大学院に行くことになるのですが、それはまた後で語ります。

当時は
子供の科学『GoGo!ミルボ』
日刊工業新聞『キラリ研究開発』
RikaTan『理科の探偵』
Rikejo『Rikejoのオシャレ研究所』
…という連載をやっていたみたいです。
理系漫画家だぞと名乗りたかったのも無理はありませんね。

いろんな雑誌で描かせてもらえたことで、それぞれの読者に合った形を考えて、挑戦することができていました。感謝しています。この頃のはやのんは「大挫折」の時期の遥か以前だったので、仕事は楽しさに溢れていたし、この漫画もそんな雰囲気でしたね。

今回3コマでしたけど、続きはまた明日投稿します。

(次の記事)
理系漫画家になるには(2)-石垣島でファミコンに出会い、高校で物理に出会うまで

HAPPY NEW YEAR 2020-雑誌イラストレーターはお正月の料理をどう描くか?

2020年あけましておめでとうございます!
理系漫画家はやのんより新春のお慶びを申し上げます!
今年も楽しく、適度に忙しく、適度にのんびり、やりたいことを実現していきたいですね。良い年にしていきましょう。

さてお正月の朝ということで、食事提供担当者としては、やはりお正月感のある料理を用意しなければなりません。ガッチリしたお節料理などを作る気はあまりないのですが、何もないと寂しいし、子供に対して文化教育的に良くないと思うので、一応それっぽいものを早朝に作って家族みんなで食しました。

お節料理に入っているものは必ずしも子供にとって食べやすいものではないと思うので、これは好きだろうと思うものだけを選んで皿に盛りました。具体的には伊達巻、黒豆、蒲鉾です。絶対食べやすくて美味しいじゃないですか?ところが、子供たちがこれらを食べなかったんです!ウソデショ~!

伊達巻が美味しくない!?ウソ~!
昭和時代に小学生だった私は、伊達巻はこの世で一番美味しいものだと思っていたのですが…!?令和の小学生は日頃から美味しいものを食べていて、これが一番ではなくなっているんですね。

お雑煮については、地方によっていろいろあるらしく、私の場合は父は沖縄なので本来お雑煮という文化がないはずです。母が東海地方のため、その辺りの背景を汲んだものを子供の頃は食べさせてもらっていたように思います。しかし、それから数十年、家を離れてから数十年、親から引き継いだ料理にこだわるような考えがないため、今は適当にそれなり、それっぽい雰囲気で作ったらまあヨシと思うようになりました。今後はむしろ全然違う地方の調理法を試してみたいです。白味噌のお雑煮とか、あんこの入ったお雑煮とか、とても興味深いですよ。

我が家の食事の話だけをしても申し訳ないので、絵の仕事の話も書いておこうと思います。若いイラストレーターが担当しがちな、雑誌の挿絵等の仕事では、お正月やお盆など、季節のイベントを描くことが多いと思うのですが、そこに登場する物などに地方色があるということを知らずに描くと、違う文化圏の人にはいい形で伝わらない、ということが発生します。地元から出たことがないとか、出たばかりの若いイラストレーターだと、自分の知っているものが「当たり前」と思いがちです。全国誌の出版の場合は、全国共通と思われる雰囲気で描くのが無難なのかなと思いますが、この話は他の場面でも発生することが多いので、深く考え込むと難しく、面白いポイントだなと思っています。

振り返り2019年12月-www.hayanon.jp[理系漫画blog]開設

2019年12月20日にwww.hayanon.jp[理系漫画blog]を開設しました。この月は来年発表の絵を数点描いていただけで、あとは自分の作品をしっかりと展示するウェブサイトやSNSの運営体制をつくろうと思い地味な建設作業に励んでいました。


広報の仕事をしているので、自分のことをしっかり見せられていないのは、説得力がないな?と思い、今年は1年かけて技術的な遅れの部分を克服するための勉強を結構していました。できることがかなり増えたと思います。20年以上画業や広報をしてきたわけですが、時代が進んで、ソフトウェアやアプリケーション、インターネットの技術、絵の表現方法など、どんどん新しいものが出てくるので、年齢が上がってくるにつれて、その辺りに遅れてはいけないなと思い、意識して日々研究をしています。より良いやり方で、あの手この手で、みなさんが取り組んでいる研究の魅力を伝えられるようにしたいと思っています!

理系漫画家はやのん[理系漫画blog]
https://www.hayanon.jp

振り返り2019年11月-iCeMSキャラバン漫画冊子

京都大学 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS:アイセムス)の研究者が全国の高校を訪れる「出前授業」プログラム「iCeMSキャラバン」の漫画冊子を制作しました。2020年にインターネットでも公開する予定です。16ページで、このプロジェクトを紹介するという内容の漫画冊子で、これが、はやのんの、2019年で一番大きな仕事でした。

iCeMSキャラバンは京都大学 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS:アイセムス)の研究者が全国の高校を訪れる「出前授業」プログラムです。
1日のアクティビティ、授業を通して、化学、生物学、物理学などの分野を超えた学際研究に取り組むiCeMSの研究者が、どのように、それぞれの専門分野の視点からものごとを見て・考えて・研究に取り組むのか?を知ることができます。

理系漫画家はやのんも、このiCeMSキャラバンに加えてもらいました!漫画家としてずっと独りの仕事をしてきましたが、「メンバーになってよ!」と言ってもらえて嬉しかったです。研究、教育、自分の興味のあることに積極的に取り組む仲間たちから、元気をもらっています。
https://icemscaravan.com/who-we-are/はやのん/

キャラバンについての詳しい情報は、下記のページをご覧ください。

 iCeMSキャラバン“学びのカラクリ”
https://www.icems.kyoto-u.ac.jp/ja/education/caravan/

iCeMS Caravan
https://furukawa.icems.kyoto-u.ac.jp/education/icems-caravan/

iCeMS Caravan
https://icemscaravan.com/

振り返り2019年10月-www.sciencemanga.jpウェブサイト開設

はやのん理系漫画制作室の活動が「サイエンスマンガ」として海外でもっと知られていくことを願い、www.sciencemanga.jp というドメインを新たに取得し、理系漫画作品、制作についての情報を掲載することにしました。

HAYANON Science Manga Studio-はやのん理系漫画制作室
https://www.sciencemanga.jp

Facebookページも同じ名前で改めて開設しました。
https://www.facebook.com/ScienceManga/

内容を充実させていくこと、新作を増やすこと、今後もっとがんばっていきたいと思っています。作家は忙しくなりすぎると、描きっぱなしになってしまいがちなのですが、ウェブサイトやSNSでのお知らせなど、広報や宣伝の部分も大事だと考えるようになり、最近はこの部分に注力しています。広報が仕事なのに自分のお知らせがちゃんとできていないって、おかしいですもんね。