[著者コメント漫画]理系漫画家になるには(5)-GoGo!ミルボ初登場

理系漫画家の過去漫画シリーズ、その5です。今回は2002年になり、理系漫画家はやのんの代表作『GoGo!ミルボ』が登場した辺りの話です。第1回はオーロラの話でした!取材モノの科学漫画スタート!オーロラ観に行ったの自費でしたよ?

(ここまでの記事)
理系漫画家になるには(1)-はじめまして!理系の漫画家です!
理系漫画家になるには(2)-石垣島でファミコンに出会い、高校で物理に出会うまで
理系漫画家になるには(3)-文系女子高生、物理学科を受験!?
理系漫画家になるには(4)-10社中5社から仕事が来た出版社持ち込みツアー

(前回までのあらすじ)沖縄の石垣島で育ったはやのん、文系女子高生だったのに大学は物理学科へ。上京しミュージシャンの夢破れ、バイト、生活苦、「しかたなく」絵の仕事を始め、東京の出版社持ち込みツアーをしたところ、10社中5社から仕事が来て、ある日を境に絵だけで生活できるように…。

このシリーズは2011年に描いた自己紹介漫画『理系漫画家になるには』をキリヌキで数話に分割して、ブログで無料公開するものです。このタイトルの通り、理系の漫画家になりたい人がいたら、何かの参考にしていただければと思います。


追記:どうもこのタイトルから「今デビューした瞬間の理系の漫画家」と思われたようで!?びっくりしました。1991年に商業誌デビュー、2002年に科学誌デビュー、2007年から「理系漫画家」と名乗り、理工系に特化した漫画を長年描いている者です…!
理系漫画家はやのんプロフィールのページ
Twitterにも略歴あります!


1999年5月の持ち込みツアーの時に訪問した10社のうちのひとつが「子供の科学」編集部でした。「自分は物理学科出身だから、科学の絵は描けるだろう」と思い、作品ファイルを持って挨拶に行きました。この絵に登場しているのは当時の副編集長Aさんで、大変お世話になりました。「編集長呼んでくるから待ってて!」と慌てているのを見て、「何で驚いているんだろう…?」と不思議に思っていたのですが、当時は理系でイラストレーター、という人が、あんまり?全然?いなかったからだとわかりました。今は掃いて捨てるほどいますけどね。編集長Nさんにも大変にお世話になり、科学誌の仕事に必要なことをいろいろと教えていただきました。

最初に絵を描かせてもらったのは何月号で、何だったんだろう…ごめんなさい、覚えていません。もう20年前のことです。実家にはバックナンバーがあるので今度見てみます。2000年の夏休み工作の別冊のためにたくさんのカットを描かせてもらうことができて、それで初めてまとまった額の原稿料を得た覚えがあります。

この夏休み別冊の絵を描いている最中に、「ミルボ」のモデルだった犬の「ミル」が死んでしまいました。「ミル」は他のゲーム雑誌の漫画連載で、「ミル犬」というキャラクターとして登場していたのですが、その生犬の「ミル」が死んでしまったので、ロボットの「ミルボ」をつくって漫画キャラクターにしました。

2000年~2002年は企画や読者コーナーの絵をずっと描かせてもらっていて、いろいろなチャレンジをさせてもらっていました。それより以前の誌面の絵とだいぶ違っていたので、嫌いだと感じた読者の方も多かっただろうと思います。

2002年になり、漫画連載スタート

それまで連載していたページものの漫画の連載が終わったので、ここぞとばかりに「漫画の連載をさせてください」と猛烈に押しました。私はゲーム雑誌の方ではすでに前の年からレポート漫画の連載を初めていたので(ファミ通PS2『気になったもんで』)取材漫画自体は、やれると思っていました。取材モノの科学漫画は多分珍しかったと思うので、だからこそやりたかったわけですが、前例のないものをやろうと思ってくれたNさんAさんには本当に感謝しています。

第1回はひとりで観に行ったオーロラの体験をもとに、名古屋大学太陽地球環境研究所(STEL、現在は改組して別の組織となっています)を初めて訪れ、当時の所長、上出洋介先生にオーロラのお話をしていただいて、漫画にしました。

名古屋大学太陽地球環境研究所
http://www.stelab.nagoya-u.ac.jp/index.html.ja

名古屋大学のサイトからpdfをダウンロードすることができます。
http://www.stelab.nagoya-u.ac.jp/ste-www1/pub/mirubo/gogo-aurora.pdf

これがその漫画です。
すっごい絵、すっごい色、すっごい文字です。私も雑誌が出たときビックリしたんですが。これにはわけがありまして…。

「2色刷りの漫画連載をしないといけない」となりまして、2色刷りの原稿のやり方を知らなかった私は、当時近所に住んでいた絵本作家のフジモトマサル先生を訪ねていきました。フジモト先生は当時美しい2色刷りの絵本をたくさん出版されていて、こんな私のこんな漫画絵のために、丁寧にやり方を教えてくださっていたのです。本当にありがたく、何十年も忘れていません。

で、2色刷りにしたかったのですが、どんな色が掛け合わされるのかをイマイチわかっておらず、色校正が出ないようなスケジュールだったのか何なのか色も見ず、第1回が出てしまいました。ぎゃー。文字も、漫画用の文字入れをしたことがない、どうやったらいいのかなあ、と編集担当の方が言っていたので、その言葉の通りだったのでしょう。とにかく、こうなりました。思い出話としておもしろいから、まあいいか!

その、フジモトマサル先生なのですが、逝去のニュースを2015年インターネットで見て本当に驚きました。心より哀悼の意を表します。すばらしい作品がたくさんありますので、みなさん、読んでください。
http://www.fujimotomasaru.jp/

この第1回の漫画の中では、上出洋介先生にオーロラのお話をしていただいたのですが、こんな話をしてもらっていました。

漫画の中で、主人公のミルボともるちゃんが、先生に質問をするわけです。二人は、「先生は何でも知っている」と思っていて、答を教えてもらいたがります。でも、上出先生は「うーん、それは、私にもわかりません!」と答えたのです。

科学者は、何でも答を知っている、と多くの人は思っています。でも、そうじゃなくて、わからないことがあるから、調べる、それが仕事なのだと。科学漫画の最初の取材で、この大事なことを教えていただくことができたんです。

この一言で、その後の私の科学漫画、理系漫画は、ずっと続いています。

名古屋大学太陽地球環境研究所からはたくさんのミルボ漫画の題材をいただきました。雑誌の話をもとに独立した冊子に描き起こした「…ってなんだ!?」シリーズもあります。たくさんあるので、研究所のホームページからダウンロードしてください。このシリーズには英語版、他の言語版もあります。いずれ改めて紹介します。

一般向け本コーナー、ミルボシリーズ
http://www.stelab.nagoya-u.ac.jp/ste-www1/doc/outreach_j.html

今回も長かったです。当時お世話になった方々に感謝しています。それから、その頃漫画を読んでくださった方も、本当にありがとうございます。うまくできなかった部分もあったけど、一生懸命描いていました。この漫画を見て理系になった、研究者になったと言ってもらえたこともあります。この漫画を見てレポート漫画家になったという人にも、最近出会い、自分ではうまくやれなかったこともあって悔やむことも多かったけれど、やっていてよかったんだなと思いました。

さて次回は理系漫画家と並行してやっていたゲーム雑誌・ゲーム業界仕事のお話です!

(次の記事)
理系漫画家になるには(6)-ゲーム業界昔話

↑これは、はやのんが今仕事で使ってる、激安WACOMペンタブレットです。

Japanese Science Cartoonist Hayanon Visits Goddard(2012)

2012年にNASA’s Goddard Space Flight Centerを訪問した際、Katrina Jacksonさんという方がはやのんを取材してインタビュー記事にしてくださったものがあるので、ここに掲載しておきます。

Japanese Science Cartoonist Hayanon Visits Goddard06.28.12  Goddard scientists work with many cool things on a daily basis, but few get the chance to be drawn into comic book characters. On June 14 and 15, Japanese science cartoonist Hayanon visited NASA Goddard to interview earth scientists for new comic strips. Hayanon is a mangaka – a master of Japanese comics called manga – and she holds a bachelor’s in physics. She writes and illustrates comic strips about science topics such as auroras, global warming, and cosmic rays. These comics are mainly aimed toward children and non-scientists, though she has written for many audiences.
(Article by Katrina Jackson)
…..

https://www.nasa.gov/topics/people/features/hayanon.html

結構長い記事が掲載されているので元のページをご覧ください。
https://www.nasa.gov/topics/people/features/hayanon.html

その後このGoddard Space Flight Centerからは地球科学に関する漫画冊子を3冊出版してもらうことができました。

詳しくは下記のページをご覧ください。
https://www.sciencemanga.jp/manga/
手続き不要、無料ダウンロードのご案内もあります。

↑はやのんが現在仕事で使っているWACOMペンタブレットです。かなり安くてしっかり使えます。

[著者コメント漫画]理系漫画家になるには(4)-10社中5社から仕事が来た出版社持ち込みツアー

理系漫画家の過去漫画シリーズ、その4です。今回は大学卒業から1年、東京の出版社持ち込みツアー!の辺りです。10か所回って半分から連載の話や仕事が来ていたので、あんまり、苦労話ではないと思います。それではどうぞ↓

(ここまでの記事)
理系漫画家になるには(1)-はじめまして!理系の漫画家です!
理系漫画家になるには(2)-石垣島でファミコンに出会い、高校で物理に出会うまで
理系漫画家になるには(3)-文系女子高生、物理学科を受験!?

(前回までのあらすじ)沖縄の石垣島で育ったはやのんが文系女子高生だったのに大学は物理学科へ、上京しミュージシャンの夢破れ、バイト、生活苦、「しかたなく」絵の仕事を始めました。

このシリーズは2011年に描いた自己紹介漫画『理系漫画家になるには』をキリヌキで数話に分割して、ブログで無料公開するものです。このタイトルの通り、理系の漫画家になりたい人がいたら、何かの参考にしていただければと思います。


追記:どうもこのタイトルから「今デビューした瞬間の理系の漫画家」と思われたようで!?びっくりしました。1991年に商業誌デビュー、2002年に科学誌デビュー、2007年から「理系漫画家」と名乗り、理工系に特化した漫画を長年描いている者です…!
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東京での商業誌デビュー直前辺りのバイト生活~出版社持ち込み頃の話をします。

※地元沖縄での商業誌デビューは早くて、16歳の時でした…

これを語ろうと思ったのは最近、絵の仕事に就きたい若い人や駆け出しの人と知り合い、バイトと絵をうまくやることに苦労しているようなので、何か励ましになればと思ったからです。普段は自分の話をするのは好みません。昔話なんかするの、申し訳ないので…。

わかりやすいよう、年表を書きます。


1998年(22歳)3月、大学卒業、その頃沖縄から関東へ引っ越し。
1998年は千葉でバイトをしながらどうにもならない生活をしていた。
1999年(23歳)、東京に引っ越し、漫画家鈴木みそ先生のアシスタント、雑誌イラストレーター、日雇い倉庫バイトでどうにかこうにか暮らしていた。春頃出版社持ち込みツアー。「子供の科学」の挿絵描きの仕事をもらえるようになった。秋になり雑誌「ゲーム批評」で初の漫画連載スタート。
2000年(24歳)5月のある日、突然、バイトに行かなくても済むようになったことに気づきビックリした。


若い人が気になっているのは「どうやって出版社回りをしていたか」という辺りだと思います。これはこれで1記事として別に書くべきと思うので近々書きます。読みたい人はTwitterかブログにコメント入れてください。

私の場合は漫画家アシスタントをしていたので普通の定時があるバイトができませんでした。そこで1日単位でスケジュールが決められるいわゆる日雇いバイトをやっていました。今風に言うと派遣です。具体的には大手運送会社の倉庫での荷物仕分け、大手携帯会社での製品箱詰め、懐かしの牛柄ぱそこん会社での製品箱詰めなどをやっていました。ここだけゲーム業界なので実名出しますが、今はなきデジキューブの倉庫が一番好きで長く働いていました。この場所にはのちに取材で訪れることになります。

1日働いて、交通費と食費を抜いたら「5000円」。
これで東京の暮らしをどうにかやっていました。若くて貧乏で無知だったからお金の使い方も時間の使い方も下手でした。
しかしどうにかこうにか、手元のお金で、出版社持ち込み用の絵資料ファイルをつくっていました。今風に言うと「ポートフォリオ」です。

ポートフォリオの作り方はいろいろあると思いますが、原理的には、
(1)見せたい作品を集める
(2)連絡先
(3)プロフィール
がわかるような冊子的なもの…になっていればOKです。

見た方がわかりやすいと思うので今手持ちのポケットファイルに作品入れたの作ってみました↓ こんな感じです。中身がわかりやすいようにとかいろいろ工夫したりもして…その辺りの話はまた後日別の記事として書きますね。

今となっては自分が編集者なので「見る側」に。絵、プロフィール、連絡先といった必要な情報がわかればいいので、こんなのでいいです。多分? もっと意識高い感じのフォルダに収めている人もいると思いますよ。

これを出版社や編集者のところに持って行って、見てもらって、必要なときに仕事の声をかけてもらうわけです。

ポートフォリオのファイルは編集部の他の編集者に回してもらったり、そこら辺に転がしておいたりされることもあるのでそれを想定して作っておいたほうがいいです。今はデータで相手に見せることもあると思いますが、「実体あるモノ」の力は強い効力を発揮することがあるので、冊子体は必ず作ったほうがいいです。

で、
このファイル1冊をつくるのに、クリアポケット代、印刷インク代だけでも2000円くらいかかっていました。当時の私にとっては大金…。1日手取り5000円ですから、1日働いてはファイルを作り、編集部訪問をしてファイルを渡し、1日働いてはファイルを作り、編集部訪問をしてファイルを渡し、を繰り返していました。

1日バイトを休んで=その日無収入、交通費とおみやげ費をかけて挨拶回りだったので、生活面として正直大変でした。挨拶はまあまあ得意だったのでその点は良かったです。

1999年、24歳になる年の春頃、そういう暮らしをしていて、だいたい10か所まわって半分から仕事をもらえました。割とすぐにそうなったので、その部分では苦労はしなかったように思います。

1999年は大恩人の編集者Nさんのおかげでリクルートの住宅情報誌でイラストをたくさん描かせていただいていまして、夏以降は「子供の科学」の挿絵を毎号描かせてもらえるようになり、秋には雑誌「ゲーム批評」で初の漫画連載を開始していました。その他は当時ではまだ珍しかったウェブメディアとか、書籍の挿絵とか…仕事をしては持ち込み用ポートフォリオの絵を差し替え、仕事をしては差し替えして、ポートフォリオのバージョンアップを繰り返していました。ファイルの中身が最初はお金をもらっていない自作絵だけだったのが、雑誌掲載作品のみに変わっていきました。

翌年の2000年以降はファミ通やNintendo DREAM、その他ゲーム誌、そして女性誌などの仕事が増えていきました。それは数回後に書きます。

出版社への持ち込みのしかた、持っていく資料のつくりかたについては、今やっている方法を紹介しながら、また別で書きますね。ちょうど今月、挨拶ツアーにいくところですので。

話が長くなりすぎでしたね。退屈でなかったですか?長くなったので続きは次回!今回、漫画は1コマだけでしたね。

最後に一言…バイトしながら絵の仕事目指してる人、駆け出しで掛け持ち仕事してる人、応援してます!今後も、励ましになるようなものを書いていきます。

内容のリクエストあったらDMとか送ってください。

(次の記事)
理系漫画家になるには(5)-GoGo!ミルボ初登場

↑これは、はやのんが今仕事で使ってる、激安WACOMペンタブレットです。

[著者コメント漫画]理系漫画家になるには(3)-文系女子高生、物理学科を受験!?

理系漫画家の過去漫画シリーズ、その3です。今回は沖縄の石垣島で育ったはやのんが高校生になって物理に出会い、そして大学は物理学科を受験するという話です。物理学科だったんですね!さすが、理系漫画家!しかし、高校3年生までの私は……!?!?衝撃の事実、どうぞ!

(ここまでの記事)
理系漫画家になるには(1)-はじめまして!理系の漫画家です!
理系漫画家になるには(2)-石垣島でファミコンに出会い、高校で物理に出会うまで

このシリーズは2011年に描いた自己紹介漫画『理系漫画家になるには』をキリヌキで数話に分割して、ブログで無料公開するものです。このタイトルの通り、理系の漫画家になりたい人がいたら、何かの参考にしていただければと思います。


追記:どうもこのタイトルから「今デビューした瞬間の理系の漫画家」と思われたようで!?びっくりしました。1991年に商業誌デビュー、2002年に科学誌デビュー、2007年から「理系漫画家」と名乗り、理工系に特化した漫画を長年描いている者です…!
理系漫画家はやのんプロフィールのページ
Twitterにも略歴あります!


理系漫画家はやのん…実は高3の秋まで文系女子高生だったんです。

いわゆる理転というやつなんですが。高校3年生の秋まで文系の大学を受験する気でいました。しかしなぜ物理学科なんかに志望変更!?(←すっごく失礼)

中庭にハブがいる大学だった。

なんと、当時好きだった男の子が、数学科に行くというのです。「数学科は無理だけど物理学科くらいなら」と、地元沖縄の国立大学の、理学部物理学科を受験することにしました。いや~、すっごく、失礼ですね。物理の人、ごめんなさい。伏して謝ります。あっでも私は本当に物理が好きだったんです。前回の記事を見てくださいね。

ところが!?
相手は落ちてしまいました。
・・・・・・!?!?
なんで!?
25 年以上経った今でも意味がわかりません。
文系女子が高3秋からで受験して受かるようなとこに落ちるって何なの???

そもそもの目的を失い、大学の物理学科に通う意味をまったくもって見失ってしまいました。大学は欠席がちで、先生や同級生に大変な迷惑をかけました。伏して謝ります。この時の先生に、若かりし頃の「いろもの物理学者」前野昌弘先生 (Twitter: @irobutsu) がいました。他にも、素晴らしい先生方がいらっしゃって、何十年経った今でも感謝の気持ちを忘れていません。しかし、大学生当時のはやのんは、とにかく、いろいろダメでした。

でも大学時代に物理の出来がよくて、研究の道になんてことになったら、漫画家にはなっていなかったかもしれないです。

そして何をしていたかというと、那覇、国際通りのゲームセンターに通い詰めていました。当時流行していた『バーチャファイター』を、筐体と基板が買えるくらいの金額までプレイしていました。これはまあ、後にゲーム業界人になったので、何か許せるような気はします。

そしてもうひとつ、その当時は、音楽の方に熱心に取り組んでいました。曲を作って歌い、90年代の沖縄、那覇市のスタジオに通っていました。ミュージシャンになりたかったのです。

大学時代は、ファミ通のゲーム帝国に文字ネタを投稿したのを最後に、ゲーム雑誌の投稿もやめてしまっていたし、絵はまったく描いていませんでした。

やせてた…

結局、音楽のほうはうまく道が開きませんでした。向いていなかったんだと思います。この辺の音楽話はそれはそれで面白いので、またいつか語りたいと思います。私は昭和50年(1975年)生まれの氷河期の厳しい年代で、大学卒業時は就職も厳しい時代でした。そもそもあまり就職する気はなかったんですが…。なにかクリエイティブな仕事がしたかったので、大学卒業を機に、沖縄を離れ東京へ行くことにしました。

最初は千葉に住んだわけですが、最初の1年は経済的に大変苦労しました。駅前のDPE屋さんでバイトをしていました。(今の人、DPEって、知ってます?)本当は音楽をやりたかったのに、できなかったから、「しょうがなく」絵を仕事にすることにしました。(これもまたなかなか失礼ですね。昔の自分は、こうだったなと思いました。)

約1年後ありがたいことに漫画家の鈴木みそ先生(Twitter: @MisoSuzuki)と出会い、アシスタントにしてもらうことができたので、翌年からは東京に住むことになりました。大学を卒業して2年後まではバイトをしながら漫画アシスタントをして、雑誌のイラストをちょっと描かせてもらったり…という生活をしていました。かなり、苦しかったですが、がんばっていましたよ。その辺りのことは、イラストレーターや漫画家志望、駆け出しの人の励ましになると思うので、また詳しく書こうと思います。

次回「出版社に持ち込みツアー!」ちなみに結果から言うと10か所回って5か所から連載や仕事がもらえるようになりました(やったね)。

↑これは、はやのんが今仕事で使ってる、激安WACOMペンタブレットです。

(次の記事)
理系漫画家になるには(4)-10社中5社から仕事が来た出版社持ち込みツアー

理系漫画制作室の料理-ごぼうきんぴら、にんじんシリシリ、きゅうりみそ和え、れんこんきんぴら

電気代の安い夜間電力時間帯を利用して、早朝、まとめて料理しています。今日はごぼうきんぴら、にんじんシリシリ、きゅうりみそ和え、れんこんきんぴらの4種です。作り置きしておくことで、今日明日の食事のときにサッと出せます。我が家は私以外の家族は皆、明日で冬休みが終わりです。毎日3食+間食、おやつと提供がんばりました。

[2020年! 仕事がはかどる買い物]デロンギ(DeLonghi)全自動コーヒーメーカー ブラック マグニフィカ ESAM03110B

以前より欲しい欲しいと思っていたデロンギのエスプレッソマシンを、2019年11月、ついに購入しました。機種は、おすすめ記事を見て、複数の候補を比較し、迷いに迷った末「一番安いもの」を選びました。その理由は!?

理系漫画制作室のカフェコーナー。嬉しい。

購入前、デロンギのコーヒーマシンが欲しい、とまでは思っていたのですが、具体的にどの機種を買ったらよいかわからず、というか、どんな機種があるのかもわからなかったので、非常に悩み、面倒臭く思っていました。

それまでは10年間ほど、高価なスペシャルティコーヒーをハンドプレスでいれるという、大変に意識高い系な雰囲気でコーヒーを飲んでいました。

↑ BODUMのハンドプレスポットです。
これは確実に美味しいんです。コーヒーの、粉っぽいところが楽しめるのが、たまらない。でも、いれるのがめんどくさい。お客さんが来たとき湯を沸かして待たせるのがイヤ。

というわけで、やっぱり、コーヒーマシーンを購入しよう。ということになったのです。

候補は3つ-全自動ブラックのみorその上位機種orミルクも使える全自動

コーヒーマシンはいろいろなメーカー、機種がありはするのですが、まず「デロンギか、それ以外か」で考え、私はデロンギを選びました。そして「手動か、全自動か」の選択になります。手動はエスプレッソマシン器具内にコーヒー粉末を詰め込んで、ギュッと圧力をかけて抽出するという方法です。ハンドプレスのポットが面倒でマシン購入を考えたわけなので、今回は、全自動のマシンを選ぶことになります。全自動は、豆と水をセットしておいて、ボタンを押せば、コーヒーが出てくる。という方式です。

というわけで、デロンギの全自動エスプレッソマシンの中から選ぶことになり、以下の3機種のうち、どれにするかを悩みまくりました。

↑ デロンギ (DeLonghi) マグニフィカ ESAM03110B
良い所:一番安い。
どうかな?と悩んだところ:基本、ブラックコーヒーを飲むためのマシン。スチーマーはあるので、ミルクを扱いたかったら、手作業で行うことは可能。一番安いやつを買うのってどうなの?大丈夫?

↑ デロンギ (DeLonghi) マグニフィカS ECAM23120BN
良い所:販売サイトなどを見ると「一番売れ筋機種」っぽく見える。これ買ったら安心って雰囲気。コーヒーの抽出具合を細かく設定できるっぽい。
どうかな?と悩んだところ:そんなに人が多いわけでもないオフィス用に購入するには高額すぎでは?(買う段階になってビビっている、よくあるパターン)

↑ そして デロンギ (DeLonghi) マグニフィカS カプチーノ スマート ECAM23260SBN
良い所:「ミルクまで全自動」の機種で、ラテメニューが自動でつくれるというのがかなりの魅力。
どうかな?と悩んだところ:しかし、ものすごく高い。ミルクのコンテナの洗浄が面倒そう。食中毒を出したら大変だ。そして、何より重要なポイントとして、大変高額。(今回考えてる一番安い機種の倍くらい!)

悩みに悩んだ末、一番安い「マグニフィカ」に決定

いろいろ悩んだのですが、「自分はブラックコーヒーしか飲まない」ことに気が付いたので、一番安い機種でOKと決断しました。

お菓子もある!ヤッタ~

理系漫画制作室ガレージオフィスに設置したデロンギ(DeLonghi)全自動コーヒーメーカー ブラック マグニフィカ ESAM03110Bです。メッチャ、ウレシ~!

だいたい朝から数杯飲むっていう感じです。濃いコーヒーなので、数杯飲むとかなり満足します。豆、水のセット、コーヒーかすの掃除、簡単です。

感想としては

買ってよかったー!

どうせ買うなら早く買ってたくさん使ったほうがいいので、欲しい人は、買ってください。年に数回あるAmazonのセールのときなど、数千円って感じで安くなっていますよ。(規約があるため、具体的にいくらという数字は記載しません)

↓ これです!
デロンギ(DeLonghi)全自動コーヒーメーカー ブラック マグニフィカ ESAM03110B

あと、冬休みになってからの使用経験談も追加しておきます。誰もいないガレージオフィスに置いてもしょうがないので、自宅に運び、台所に置きました。

なんか生活感がすごいですけど、許してください。

心に沸き起こる、圧倒的豊かさ…!

自宅にエスプレッソマシンがある暮らし…最高です。

コーヒーをいれることで仕事を一休みするのが好きな人もいますが、仕事を切らずに好きなときにコーヒーが飲めることが、生産性を大幅に上げてくれることに気が付き、驚きました。12月になって私がこのブログを開設できたのも、コーヒーマシンが生み出してくれたゆとりのおかげだと思っています。

というわけで、エスプレッソマシンのすばらしさについては、いつまでも語ってしまいそうですが、今回はここまでにしておきます。

上記の、BODUMのハンドプレスのポット、デロンギの各機種、どれもおすすめです。美味しいコーヒー飲んで、いい仕事してください!

追記:「デロンギ」を「デギロン」「デンロギ」と間違って覚えている人が一定数いることを知りましたが、あなたが探しているのは、これです。

[著者コメント漫画]理系漫画家になるには(2)-石垣島でファミコンに出会い、高校で物理に出会うまで

理系漫画家の過去漫画シリーズ、その2です。今回は沖縄の石垣島で育ったはやのん、8歳でファミコンに出会い、その後高校生になって物理に出会うところまでです。

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理系漫画家になるには(1)-はじめまして!理系の漫画家です!

このシリーズは2011年に描いた自己紹介漫画『理系漫画家になるには』をキリヌキで数話に分割して、ブログで無料公開するものです。このタイトルの通り、理系の漫画家になりたい人がいたら、何かの参考にしていただければと思います。


追記:どうもこのタイトルから「今デビューした瞬間の理系の漫画家」と思われたようで!?びっくりしました。1991年に商業誌デビュー、2002年に科学誌デビュー、2007年から「理系漫画家」と名乗り、理工系に特化した漫画を長年描いている者です…!
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はやのんは沖縄の石垣島で2歳から18歳まで育ちました。1983年、8歳の時に発売された任天堂ファミリーコンピュータに出会います。ファミコンはとにかく熱中して遊びました。のちにゲーム業界人になるくらいだったので、まあ、そうだなと思いますが、人生を変えてくれたのはファミコンだと思います。当時はゲームや漫画は悪と言われる時代だったので、「ゲームをしているせいで勉強ができない」みたいなことを言わせてはならないと思い、よく読書や勉強などをしていたように思います。絵を描くのが好きでゲーム雑誌に投稿ハガキをたくさん載せてもらっていました。今の仕事でやっているすべての要素がここから始まったと思います。

高校生のときはかなり熱心に絵を描いていたのと、受験勉強が楽しくて毎日毎日勉強してました。その中で出会ったのが物理。あとで詳しく書きますが実は文系だったので数学が苦手だったのですが、図解や文章的理解で強引に乗り切っていました。図解と文章で理解というあたりも今の仕事の通りです。

物理の先生が、こんなことを言ってくれていました。「物理を一生懸命勉強していて、絵が上手だから、将来は物理の漫画を描いたらいいね!」と…。その後実際そうなっていますから、すごい一言だったと思います。
2019年になって数十年ぶりにこの恩師に会い、このことを話したら、覚えていなかった!(あれ~)でも、本当に、いいことを言ってくれていました。

「物理の漫画?」
意味がわかりませんでした。
私は普通に(?)漫画家になって、ゲーム雑誌などの漫画連載をしたかったのです。これも、その後実際に実現したのですが…。

普通に漫画を描くだけの漫画好きな子だったら、そこそこのところで終わっていたんじゃないかと思います。とにかく高校で物理に出会ったことが現在につながりました。

次回は「文系女子高生、物理学科を受験!?」
一番おもしろいところかもしれないのでぜひ見てくださいね。

↑これは、はやのんが今仕事で使ってる、激安WACOMペンタブレットです。

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理系漫画家になるには(3)-文系女子高生、物理学科を受験!?

[著者コメント漫画]理系漫画家になるには(1)-はじめまして!理系の漫画家です!

2011年に描いた自己紹介漫画『理系漫画家になるには』をキリヌキで数話に分割して、ブログで無料公開することにしました。このタイトルの通り、理系の漫画家になりたい人がいたら、何かの参考にしていただければと思います。

今では理系で絵を描く人がかなり増えたように思いますが、当時はあまり、そういう人がいませんでした。それで、「自分の理系の専門知識と、絵を描く能力を組み合わせて、理系漫画家になったらいいですよ!」というような内容の冊子をつくって売っていました。2016年に冊子の在庫を完全処分したので日の当たらないところで寝かせていましたが、ずいぶん時間が経ったので、著者としてのコメントも追加して、このブログで紹介します。


追記:どうもこのタイトルから「今デビューした瞬間の理系の漫画家」と思われたようで!?びっくりしました。1991年に商業誌デビュー、2002年に科学誌デビュー、2007年から「理系漫画家」と名乗り、理工系に特化した漫画を長年描いている者です…!
理系漫画家はやのんプロフィールのページ
Twitterにも略歴あります!


前提としては、私が「大学院に行く前だった」「まだ雑誌や新聞から依頼された仕事だけをしていた」「セルフプロデュース仕事はしていなかった」「研究広報の仕事もしていなかった」「海外向けの仕事もまだしていなかった」頃に描いたものでした。10年近く前のことだったので、今よりも若かったし、世間知らずで、無知だったし、無謀だったので、苦労はあったのですが、でもそのおかげでできていたこともたくさんありました。

私は自分は裏方と長年思っていて、ネットで自分のことを語るということをあまりしないでこれまでやってきたので、このブログでは、初めて外に出す情報が多くなるかと思います。

当時は「物理学科卒の、理系漫画家」でした!
「漫画家なのに理系!?」
「理系なのに漫画家!?」
と驚かれていました!
今ではそういう人全然珍しくないですよね。

当時はゲーム雑誌と、子供向けの科学雑誌、工業系の新聞(全国紙)、その他多数の連載をしていました。20代の頃から、コンビニで売っているような雑誌で常時5誌くらいで連載をしている感じでした。2002年以降科学関係の仕事をするようになり、2008年くらいからその傾向が強まり、2012年まではそんな感じの漫画家をやっていました。その後2013-2015年に大学院に行くことになるのですが、それはまた後で語ります。

当時は
子供の科学『GoGo!ミルボ』
日刊工業新聞『キラリ研究開発』
RikaTan『理科の探偵』
Rikejo『Rikejoのオシャレ研究所』
…という連載をやっていたみたいです。
理系漫画家だぞと名乗りたかったのも無理はありませんね。

いろんな雑誌で描かせてもらえたことで、それぞれの読者に合った形を考えて、挑戦することができていました。感謝しています。この頃のはやのんは「大挫折」の時期の遥か以前だったので、仕事は楽しさに溢れていたし、この漫画もそんな雰囲気でしたね。

今回3コマでしたけど、続きはまた明日投稿します。

↑これは、はやのんが今仕事で使ってる、激安WACOMペンタブレットです。

(次の記事)
理系漫画家になるには(2)-石垣島でファミコンに出会い、高校で物理に出会うまで

HAPPY NEW YEAR 2020-雑誌イラストレーターはお正月の料理をどう描くか?

2020年あけましておめでとうございます!
理系漫画家はやのんより新春のお慶びを申し上げます!
今年も楽しく、適度に忙しく、適度にのんびり、やりたいことを実現していきたいですね。良い年にしていきましょう。

さてお正月の朝ということで、食事提供担当者としては、やはりお正月感のある料理を用意しなければなりません。ガッチリしたお節料理などを作る気はあまりないのですが、何もないと寂しいし、子供に対して文化教育的に良くないと思うので、一応それっぽいものを早朝に作って家族みんなで食しました。

お節料理に入っているものは必ずしも子供にとって食べやすいものではないと思うので、これは好きだろうと思うものだけを選んで皿に盛りました。具体的には伊達巻、黒豆、蒲鉾です。絶対食べやすくて美味しいじゃないですか?ところが、子供たちがこれらを食べなかったんです!ウソデショ~!

伊達巻が美味しくない!?ウソ~!
昭和時代に小学生だった私は、伊達巻はこの世で一番美味しいものだと思っていたのですが…!?令和の小学生は日頃から美味しいものを食べていて、これが一番ではなくなっているんですね。

お雑煮については、地方によっていろいろあるらしく、私の場合は父は沖縄なので本来お雑煮という文化がないはずです。母が東海地方のため、その辺りの背景を汲んだものを子供の頃は食べさせてもらっていたように思います。しかし、それから数十年、家を離れてから数十年、親から引き継いだ料理にこだわるような考えがないため、今は適当にそれなり、それっぽい雰囲気で作ったらまあヨシと思うようになりました。今後はむしろ全然違う地方の調理法を試してみたいです。白味噌のお雑煮とか、あんこの入ったお雑煮とか、とても興味深いですよ。

我が家の食事の話だけをしても申し訳ないので、絵の仕事の話も書いておこうと思います。若いイラストレーターが担当しがちな、雑誌の挿絵等の仕事では、お正月やお盆など、季節のイベントを描くことが多いと思うのですが、そこに登場する物などに地方色があるということを知らずに描くと、違う文化圏の人にはいい形で伝わらない、ということが発生します。地元から出たことがないとか、出たばかりの若いイラストレーターだと、自分の知っているものが「当たり前」と思いがちです。全国誌の出版の場合は、全国共通と思われる雰囲気で描くのが無難なのかなと思いますが、この話は他の場面でも発生することが多いので、深く考え込むと難しく、面白いポイントだなと思っています。