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夏休み通いまくったよろずパーラー。

よろずパーラー

よろずパーラー
沖縄県石垣市字真栄里204-29
https://www.facebook.com/pages/category/950019331751001/

こちらも、同級生の店です。八重山商工高校に面する場所にあり、高校生が買い食いをしたり地元の人がお弁当を買いに寄ったりと大人気の店です。ストアー部分の店内ではお弁当とか地元の食料品を買うことができます。パーラー部分ではたいやき、かき氷、沖縄ぜんざいなどを買うことができるわけですが、これが、どれも安すぎなんです。観光向けのお店だったら5倍くらいの値段にするんじゃないの…?っていつも思っています。Facebook更新止まってるけど連絡してみたらちゃんとお店やってるらしいので大丈夫です!お店の向かって右側が駐車場でたっぷりスペースあるので、とりあえず行ってみてください。


ブラウン弁当

ブラウン弁当
沖縄県石垣市字平得117-12
https://www.facebook.com/pages/category/Foodservice-Distributor/ブラウン弁当-824867344538444/

昨年、母校のイベントに出たとき、実行委員会の人が手配してくれて、初めて食べた、地元のお弁当なんですが、沖縄式揚げ物多い弁当…と思ったら、大盛りの大盛りで、ドーン!理由は、普通だったらおかずを入れてある部分にまで、ごはんが敷いてあるからだったんです。いや、何かがおかしい…。「島内1の高カロリーの品揃え」だそうです。自前の写真を持っていなかった…。Facebookページに写真がたくさんあるので見てみてくださいね。


あだなす

あだなす
沖縄県石垣市字大浜495-1
https://www.adanasu.co.jp/

地元お惣菜、お弁当が買える店…だんだん減ってきて、こういう店がとても貴重になってきました。あだなすは何十年も続いているお店です。昔からの地元伝統的味わいの「ジューシーおにぎり」が買えます。観光向けとかスーパーに売っているのはペッタリとした平坦な味であんまり好きじゃないんですよね…。

市街地よりも空港側に近いエリア「大浜」の国道360号線沿いにありますので、行ってみてください。


地元の味、楽しんでください。

ハッキリ言って今の石垣島は、全国チェーン店や、県外など、よそから来ている人がやっている店が異様に多いです。観光で石垣島に行く人に、地元の伝統的な味わいの食べ物を楽しんでほしい…と願ってこの記事を書きました。

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地元の人だったら美味しくて安いお店を知っていそうな気がしませんか?

この記事は、「そう思われてるだろうな」という期待に応えたいと思って書き始めるわけですが、観光地の数多すぎる店の中から、本当の本当に行く店、5か所だけ厳選してみました。


朝食は「ブルーカフェ石垣島」

ブルーカフェ石垣島
沖縄県石垣市美崎町2-6 ブルーキャビン石垣島1F
https://bluecabin-ishigakijima.jp/cafe/

早朝から開いてる・美味しい朝食ビュッフェがある・WiFi使える…というわけで朝だったらおすすめはここです。


ランチは何が何でも「美崎牛本店|焼肉misaki」に行ってほしい

美崎牛本店|焼肉misaki
沖縄県石垣市字大川533-1
https://www.misakigyuhonten.com/

同級生、美崎さんの店です。私はランチのいちばん安いセットしか頼まなくて、もっといい肉食べていってよと毎回思われてそうですが、このランチが切り落としと言いながらびっくりするくらい美味しくて量もたっぷりなので、毎回これをいただいてます。石垣島旅行をする友人には必ず「ランチは美崎牛」と言っているし、何ならビーチで知り合った見知らぬ観光客にまで「ランチは美崎牛」とすすめています。私は食べたことないけどいいお肉はもっといいはずです。みなさんはランチだけとは言わず夜もドーンと行ってください。


いつでも入りやすい「A&W 石垣店」

A&W 石垣店
沖縄県石垣市字大川245
https://www.awok.co.jp/shopsearch/ritou-area/ishigaki/

沖縄旅行ならやっぱりA&Wに行きたいはずです。石垣島にもあります。開店時間が9:00なので朝食にはちょっと遅いです。実際店に行ってみると「9:30から開けます」と張り紙がされていることもあり相当に呑気な南国的雰囲気を味わうことができます。閉店時間は23:00とありましたが最新情報は公式ウェブサイトか現地で調べてください。

石垣島のファストフードは、他には、マクドナルド、モスバーガー、KFC、ミスタードーナツ、スターバックスがあります。結構いろいろあるって感じですよ。


ノマドワークしたいなら「カフェ バー ラウンジ YUI」

カフェ バー ラウンジ YUI
沖縄県石垣市美崎町7-14 ホテルエメラルドアイル石垣島 2F
http://isle.okinawa/

南の島にまで仕事を持っていってしまう人はこの店でがんばらせてもらうしかないです。WiFi、電源使用可。小規模だけどいい感じのドリンクバーもあります。はっきり言って石垣島にはきちんと座って作業ができるテーブルとイスがある場所がほとんどない(言い過ぎか?でも私は相当苦労している)ので、この場所は大変に貴重な空間です。地元の親友Aさんが教えてくれました。アリガト~!


夜は「石垣島ヴィレッジ」

石垣島ヴィレッジ
沖縄県石垣市美崎町8-9,8-10
https://ishigaki-asobi.com/shops/1552/

地元の親友Iさんにいつも連れて行ってもらっている、飲み屋さんの屋台大集合みたいなところです。食事もお酒もいい感じ、一人でも行けそう、入りやすそう、誰にでもおすすめしたい感じの、楽しい場所です。観光客で賑わっていまして、他の人の迷惑になってはいけないので写真は撮っていません。検索とかで見てくださいね。


というわけで朝昼夜、入りやすさ重視で選んでおすすめしました~!石垣島は観光地なのでお店自体はものすごい数があるし、美味しいお店も多いです…。今回は、はやのんが絶対行くところを厳選してお伝えしましたよ。地元民のセンスで選んだので、いわゆる観光的沖縄料理の店などはおすすめしきれなかったです。沖縄料理は家で作って食べちゃいますからね~。

次回は「石垣島に帰ったら絶対行きたい!懐かしの買い食いの店」を教えます!こういうの知りたいですよね?

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[著者コメント漫画]理系漫画家になるには(7)-2005年世界物理年 World Year of Physics 2005

(ここまでの記事)
理系漫画家になるには(1)-はじめまして!理系の漫画家です!
理系漫画家になるには(2)-石垣島でファミコンに出会い、高校で物理に出会うまで
理系漫画家になるには(3)-文系女子高生、物理学科を受験!?
理系漫画家になるには(4)-10社中5社から仕事が来た出版社持ち込みツアー
理系漫画家になるには(5)-GoGo!ミルボ初登場
理系漫画家になるには(6)-ゲーム業界昔話

このシリーズは2011年に描いた自己紹介漫画『理系漫画家になるには』をキリヌキで数話に分割して、ブログで無料公開するものです。このタイトルの通り、理系の漫画家になりたい人がいたら、何かの参考にしていただければと思います。


はやのん…1999年にゲーム雑誌デビュー、その後、現在は大学の研究を漫画にする「理系漫画家」「研究広報」を仕事にしています。
理系漫画家はやのんプロフィールのページ
Twitterにも略歴あります!


前回は1999-2004年あたりにメインの活動分野としていたゲーム雑誌、ゲーム業界の昔話をしていました。予算が大きくて出版もまだ活発だったので景気のいい話が多かったです。20代をそういう辺りで過ごして、出版社や編集者、周囲の人々のおかげで楽しい仕事をたくさんすることができた…という話でした。何度も御礼を言いたいところです。ありがとうございました。活動が派手な分消耗も激しい業界で、多くの友人が若くして業界を去りましたが、自分もその一人になってしまいました。というわけで今回は2005年の話です。


科学技術館の建物ですね。事務局がこの中にあったんです。

2005年は「世界物理年」でした。

検索に移動

世界物理年(せかいぶつりねん、: World Year of Physics 2005)は、国際純粋・応用物理学連合(IUPAP)が制定した年。European Physical Society (ヨーロッパ物理学会)の提案を受けて、アルベルト・アインシュタインによる一連の大いなる科学的発展の年、1905年の100年後にあたる2005年を世界物理年として宣言している。

https://ja.wikipedia.org/wiki/世界物理年

「自分は物理学科出身だし、物理の漫画を描いて、恩返しをしよう。」

そこで初めて出会ったのが、並木雅俊先生でした。

私はもともと文系女子で、間違って物理学科に進んでしまったようなものだったし、落ちこぼれたからこそ漫画家などというわけのわからない職業に就いてしまったので、自らと物理の間には、一体感というものはなかったわけですが、この時、並木先生が

「えぇ?物理出身の漫画家!? そうですかぁ、我々の仲間ですね!」

と第一声で仰ってくださったのです。今思うと、並木先生のお人柄に加えて、物理学徒独特のハートの温かさで、まさに物理分野の人特有の素晴らしいところだったのだと思うのですが、当時の私は、これを言ってもらったとき、本当に驚きました。

この一言のおかげで、その後、ますます理系の話、物理の話を漫画にしていこうという気持ちになりました。

並木先生、ありがとうございまーす!その後ずっと物理の漫画を描いています。


World Year of PHYSICS 2005

いま検索してみたところ、日本物理学会のウェブサイトに当時の記録がありました。
World Year of PHYSICS 2005
https://www.jps.or.jp/wyp/index.php

こんな絵を描かせてもらって、いろいろ使っていただいていました。

物理チャレンジ2005

この世界物理年2005年の夏に、高校生を対象とした全国物理コンテスト「物理チャレンジ2005」 が初めて実施されました。開催地は、日本に現代物理学の父・仁科芳雄先生のゆかりの地、岡山でした。

この年から、世界大会である国際物理オリンピック International Physics Olympiad (IPhO) への参加をするということで、その代表を選考する国内大会…という位置づけでした。

その募集ポスターを描かせてもらったのが、これです。

2005年の、はやのん作ポスター!ひええ~!

ドッヒャ~!とひっくり返りたくなるような絵ですが、当時一生懸命描きました。しかしこの絵は、たしか世界物理年、全世界でのポスターコンテストか何かで、受賞したんですよね~。日本っぽいおもしろみがあると思ってもらえたのかもしれません。

当時は若くて何もわからなかったのですが、物理チャレンジの立ち上げと国際物理オリンピック International Physics Olympiad (IPhO) への参加は、日本物理学会の大人の先生方が、何年もかけて準備をして取り組んでくださっていたものだったようです。私は当時はまだ若く物知らずだったので、最初からすごいものがそこにある、みたいな感じでいました。

物理チャレンジ2005
http://www.jpho.jp/2005schedule.html


物理チャレンジのポスターはその後も数年にわたって担当させていただいていたのですが、その後子供ができたりしたこともあり、関与度がどんどん減ってしまって、手伝いから外されてしまいました。力不足で申し訳なかったです。今は、若い人のために働く側です。何でもお手伝いをしたいのですが…?

物理チャレンジは現在も続いています!2022年には日本で国際物理オリンピックの開催もあります。応援していきたいですね。

全国物理コンテスト 物理チャレンジ!
http://www.jpho.jp/

国際物理オリンピック2022 日本大会
https://ipho2022.jp/


後で何か追記するかもしれませんが、今回はここまでにします。次回は、ついに「理系漫画家」と名付けられる、2007年、応用物理学会75周年イベントの話です。


(次の記事)
理系漫画家になるには(8)-2007年「応用物理」75周年イベント

↑これは、はやのんが今仕事で使ってる、激安WACOMペンタブレットです。

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一人旅なら「ブルーキャビン石垣島」

ブルーキャビン石垣島
沖縄県石垣市美崎2-6
https://bluecabin-ishigakijima.jp/

東京など都市出張時にカプセルホテルに泊まることが多いのですが、石垣島でもいい感じにきれいで狭くて安い「キャビン」を見つけることができました。個室ではなくベッド単位で仕切りがある感じです。鍵が掛けられる箱があったのでボストンバッグくらいのサイズの物なら安全に保管できるかと思いました。全体的にデザインが意識高げ。トイレとシャワーは共用だけど清掃がよく行き届いているので大変快適です。朝食付きでも2000~4000円台…という安さもありがたいところです。石垣港離島ターミナルのエリアにあるのと、繁華街徒歩圏内なので、一人旅だったらここかなーと思います。歩いて帰れるので、夜、飲み歩くにも最高です。女性フロアが拡充されたりしていて、女性向けに力を入れている感じがあります。

キャビンは他の旅行者に配慮して撮影しませんでした。ごはん美味しかった…!

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子連れなら「Mr.KINJO Beach Side Kafu-shi」

Mr.KINJO Beach Side Kafu-shi
沖縄県石垣市字真栄里375-5
https://mrkinjobeachsidekafushi.jphotel.site/

かふーしって何だろうと思いつつ大変おすすめしたいのがこの宿です。2019年オープンで新しい建物です。以前利用した部屋には、専用バルコニーがあり、きれいなバスルーム、簡易キッチン、電子レンジ、洗濯機、冷蔵庫がありました。ホテルというよりデザイナーズワンルームマンションという雰囲気でした。駐車場は有料のようです。食事はついていないプランだったのですが自力で買いに行くのはコンビニまで徒歩15分くらいか…ちょっと遠いのでこの宿に泊まる人はレンタカーを使ったほうがいいかもしれません。キッチンがあるので、スーパーで地元の食材を買い込んで自炊を楽しむといいと思います。

この宿のいいところはすぐ隣が、次に紹介する高級リゾートホテル「ANAインターコンチネンタル石垣リゾート」で、公共の海水浴場「マエサトビーチ」に接しているところです。これは誰でも利用できます。ANAインターコンチネンタルホテル発着の路線バスを利用することもできるので、ちょっと不便でもよければレンタカーなしの人にも良い宿ではないかと思います。

宿泊費は日によって違うんだろうとは思いますけど一人なら5,000円、子供2人連れのとき7,000円という感じでした。また泊まりたい、いや住みたいくらいの感じがする部屋でしたよ。


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奮発してリゾートするなら「ANAインターコンチネンタル石垣リゾート」

ANAインターコンチネンタル石垣リゾート
沖縄県石垣市字真栄里340-5
https://www.anaintercontinental-ishigaki.jp/ja/

島内にあるいくつかの高級リゾートホテル…のひとつ、「ANAインターコンチネンタル石垣リゾート」です。空港と市街地の間に位置し、公共の海水浴場マエサトビーチにも接しており、施設の充実ぶり、近隣での買い物のしやすさなど、いろいろな点で一番おすすめかなと思うリゾートホテルです。宿泊費は数万円~家族で連泊すれば数十万円まで考えないといけない…とは思いますが、奮発してリゾートを楽しみたいなら、こういうところがいいと思います。高級感のあるレジャープールが利用できるのもおすすめポイントです…!1泊だけここにするのもいいんじゃないでしょうか。

リゾートリゾートした雰囲気です。
夜も美しい~
マエサトビーチ。実は昔、岩場でした。人工的に開発されたリゾートビーチです。

ANAインターコンチネンタル石垣リゾート、楽天トラベルの予約はこちらから


というわけで石垣の宿…?

上記3つは、地元民であるはやのんの感覚で「コスパがいいな」と思った厳選の宿です。他にもたくさんいい宿があるのでまた紹介したいと思います。観光の島なので宿はかなりの数あります。好きなところに泊まってください!!でも、埋まっていくのが早いので、早め早めで動いて安く予約をとってくださいね。

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2019年夏撮影。石垣島から、海の向こうの西表島が見えます。

石垣島、そもそもドコにある?

東京と石垣間の距離は1956kmなので、「だいたい2000km…」と、人に説明する時には言っています。飛行機で移動すると、羽田-石垣間はだいたい「約3時間30分」という感じです。

同じ沖縄県内だけを見ても、沖縄本島の那覇からは409km。飛行機で約1時間です。ちなみに東京と名古屋の間は354.3km、新幹線のぞみで移動すると1時間半くらいとのことです。


石垣島に空港ってあるの?

石垣島にあるのは「南ぬ島石垣空港」です。何十年も前から揉めに揉めて着工に至り、2013年3月に新しい空港としてオープンしました。読み方は「ぱいぬしま いしがきくうこう」です。頭文字が「P」から始まり、「ヨソモンには読めない」という、ヨソモンしかいないのが当然の旅行航空業界にあるまじき驚異の命名でしたが、「ぱいぬしま」、ここで覚えていただくしかありません。「ぱい」とは沖縄の言葉で「南」を意味しまして、沖縄県内でも地域によって東西南北の言い方は違うのですが…

東=アガリ
西=イリ
南=パイ
北=ニシ

だいたいこの言い方あたりをもとにして「南ぬ島石垣空港」としたのだろうと思われます。地元民としても航空オタクとしても変な名前だなとはやのんは思っています。空港コードがISGなのにPから始まる名前ってどういうセンスなの?


安く行く方法ってあるの?

帰省時は当然「安く帰りたい」わけですが、国内屈指の観光地だけあって、時期を間違えるとドチャクソ高いです。夏休み、お盆、お正月等、ハイシーズンになると、家族数人で…などということになれば「航空券だけでも」数十万円からになってしまいます。宿代はさらに高額です。海外旅行のほうが安いくらい、とよく人には話しています。はっきり言って、行きたくない。お盆を過ぎた辺りから急激に人が減ったり、お正月が終わった1月2月あたりはオフシーズンかな~という感じはあるんですけど、年間を通して観光客多すぎ、オーバーツーリズム状態なので、取りやすい、はあっても、安い時期!っていうのはあるのかないのか…?っていう感じで見ています。

石垣空港発着の飛行機の路線は下記の通りです(2020年1月現在)

国内線…
東京(羽田・成田)
中部(セントレア)
関西
福岡

県内…
沖縄(那覇)
宮古
与那国

国際線…
台湾(桃園)
香港

南ぬ島石垣空港公式ウェブサイトで最新情報を見てください。
http://www.ishigaki-airport.co.jp/flight.html

石垣空港で偶然撮れたジンベエジェット+Peachです。

さてここからは実際にどのような方法で石垣島に行くか?4つの方法についてお伝えしたいと思います。

(選択1)大手航空会社のマイルをドッカンと貯める

料金が高くてもマイル貯めたい!って人はANA、JALを利用してください。

羽田-石垣間の「距離」は片道1,224マイルで、新千歳-那覇の1,397マイルに次ぐ国内最長距離路線のひとつです。どのようにマイレージ加算されるかはシーズンや航空券の種類によって変わりますが、「そもそも長距離」という点を活かしてマイル貯蓄に励むことができます。

はやのんは飛行機はANA派で、マイルをせっせと貯めています。下記カードを使えば1.5倍、2倍とアホみたいに貯まりますし、ANAカードファミリーマイル会員登録をすれば家族の分を合算できます。

ANAアメリカン・エキスプレス・カード(青いやつ)
ANAで航空券購入…マイル1.5倍 年会費7,700円(税込)

ANAアメリカン・エキスプレス・ゴールド・カード(金色のやつ)
ANAで航空券購入…マイル2倍 年会費34,100円(税込)

このどちらかを利用するのがおすすめです。ボーナスマイルがもらえる紹介プログラムがあるので、カードをつくりたい人は連絡ください。はやのんメールinfo@hayanon.jp


(選択2)LCCで安く石垣島に行きたい

当たり前だけど安く行って帰りたいですよね。そういう人はLCCを使ってください。LCCはLow-cost carrier(ローコストキャリア)の略で、名前の通り、格安の料金で飛行機に乗れるサービスを提供している航空会社のことです。

石垣空港では、下記の2社が就航しています。東京や大阪を通って行く人ならPeachですね。那覇を経由して南下したい人は、お近くの空港から那覇行きのLCCがあるかどうか、そして那覇から石垣行きのソラシドエアを調べてください。

ソラシドエア 石垣-那覇
https://www.solaseedair.jp/

Peach 石垣-大阪(関西)、石垣-東京(成田)
https://www.flypeach.com/

石垣-東京(成田)路線は以前はバニラエアでしたが統合によりPeachが引き継いだようです。

LCCでは時々、「数百円」とか「1000円台」「2000円台」みたいなありえん爆安価格のバーゲンセールが発生することがあります。要注意でチェックしてください。私はこの手のお得情報仲間がいて、気付いた人が通報し合うシステムをつくっています。爆安ですが、詐欺とかじゃないし、ちゃんと飛ぶし、大丈夫です。ただLCCはオプション契約しないと荷物の重さ制限や払い戻しがきかないなどの注意点もあるので不慣れな人は気を付けて利用してください。

はやのんはPeachを利用していますが、公式サイトでは日によって違う料金を見比べながら購入を決められるので、「安い日」を狙ってから旅程を立てるのがいいかと思います。

以前、航空券購入を調べたとき、家族3人で
ANAで石垣→那覇→宮崎 95,820円
Peachで石垣→関空→宮崎 31,650円
という価格だったことがありました。

石垣島から九州に行くのに「一旦、大阪まで行く」という普通では考えられない移動なのに、こんなに安くて、びっくりしました。LCCが就航している空港を利用する人は、こういう可能性もあるので、調べてみてください。

安く安くするポイントは、

(1)手荷物を預けない
(2)変更や払い戻しがきかないプランを選ぶ
(3)座席指定をしない

…などがありますが、沖縄は台風による欠航があるので要注意です。変更や払い戻しが可能な料金プランや、チケットガードのような旅行保険もあるので、気になる人は調べてくださいね。

この記事を投稿している日に、少し前のPeachのセールで、片道4,000円くらいの時があって、その航空券を買った友人が、数組、石垣島訪問をしています。またセールのときがあったら、みなさんにもTwitterとかでお知らせをしてあげたいと思います~。

さっそくきました。

(選択3)ツアー利用

旅行会社が確保してホテルとパックにしているツアーの方がトータルで安いということもあります。具体的おすすめはないんですけどはやのんは楽天戦士なので楽天トラベルを利用することが多いです。楽天ポイントが貯まる・使えるというメリットがあるからです。手配が遅すぎた場合は安い航空券や宿を個別に取るのが不可能なので、ツアーを調べることになるかと思います。ツアーといっても添乗員はいなくて自由に行動できるし、ホテルを頼む日を調節できるツアーもあるし、レンタカー込みのプランもあるし…結構いいのがあったりしますよ。


(選択4)石垣島へ…常識を超えた行き方

ありえんくらい特殊な爆安価格のセールがあったら、日本から一旦、香港か台湾(桃園空港)に行ってから、石垣島に向かう旅も、考えてみてください。香港や台湾の観光も楽しむことができます!(!?)日本の端っこであることを活かした、国内の他地域ではなかなか考えられない旅程の組み方になるかなと思います。香港便、台湾便は毎日出ているわけではないので、よく調べてくださいね。

何しろこんな場所にあるので…。同じ地図画面内に台湾、香港があります。日本の都市は見えないですね…。フィリピンも見えてますけど残念ながら石垣空港からは路線はありません。那覇発、台湾発フィリピン行きの路線はありますよ。


航空券の話だけで結構長くなってしまいました。次回は「石垣島出身の理系漫画家が帰省時泊まるおすすめ宿」の話をしますね。

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[書籍紹介]『正しく書いて読むための 英文法用語事典』

理論言語学研究者ハタケヤマ先生を描きました。

2013年-2015年の約2年間、理系漫画家はやのんは、千葉大学大学院教育学研究科にて英語教育学を学ぶ修士課程学生をやっていました。その頃、いろいろないきさつがあり、「理系向けの英語教育について、考えたい」と思って、受験をして、大学院進学、そして学生になっていたわけです。いや他人の心配じゃなくて自分の英語心配しなさい、と、今の私だったらツッコミを入れますが……。しかし、当時のそんな興味や思い込みによる突っ走りのおかげで、英語教育分野のことを知る機会が得られたので、良かったな、と思っているわけです。

英語教育分野のおもしろさについてはたくさん語りたいことがありますが、その時期に知り合うことができて、一番おもしろいと思って、現在でもお付き合いいただいているのが、「理論言語学者、ハタケヤマ先生」です。東京農工大学の先生で、理工系の大学で、理論言語学を専門にしていて、学生向けの教育もされている…ということで、理系漫画家であるはやのんにとっては、文系っぽい英語教育分野の中でも、何か近い側の人!?という印象を持っていました。「理論言語学」という分野があると知ったのも、かなり、驚きました。文法について、構造的な解析などをして、ミチミチ、ネチネチやる感じの研究です。英語=文系の学問、と思っていたわけですが、情報、工学的な研究のやりかたもあるのか…!と、大変な驚きを感じました。いや、詳しい研究の話は、全部知っているわけじゃないんですけど…。今度改めて聴いてみたいと思います。

ハタケヤマ先生は単著、共著、訳書、編著書…とたくさんの著書がある売れっ子作家なのですが、昨年9月に、『正しく書いて読むための英文法用語事典』が朝倉書店から出版されました。

この本の内容が短いツイートで紹介されていて、この本読んでみたいな~!と思っていました。いい感じのが、たくさんあったんですけど選びきれなかったです。まとめにいっぱい載ってるので見てください。:
https://twitter.com/i/events/1163352743223758848

これを見て、おもしろそう~買います~と言っていたら、先生と朝倉書店さんからお送りいただいてしまいました。それで、今回「御礼まんが絵」とこの紹介ブログを書いているところです。

読みたくなった人はぜひ一冊…!
Amazonで購入

ハタケヤマ先生元ネタ・はやのんまんがで、本つくりたーい。夢膨らむ…。

[著者コメント漫画]理系漫画家になるには(6)-ゲーム業界昔話

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理系漫画家になるには(1)-はじめまして!理系の漫画家です!
理系漫画家になるには(2)-石垣島でファミコンに出会い、高校で物理に出会うまで
理系漫画家になるには(3)-文系女子高生、物理学科を受験!?
理系漫画家になるには(4)-10社中5社から仕事が来た出版社持ち込みツアー
理系漫画家になるには(5)-GoGo!ミルボ初登場

このシリーズは2011年に描いた自己紹介漫画『理系漫画家になるには』をキリヌキで数話に分割して、ブログで無料公開するものです。このタイトルの通り、理系の漫画家になりたい人がいたら、何かの参考にしていただければと思います。


はやのん…1999年にゲーム雑誌デビュー、その後、現在は大学の研究を漫画にする「理系漫画家」「研究広報」を仕事にしています。
理系漫画家はやのんプロフィールのページ
Twitterにも略歴あります!


理系漫画家の仕事と並行して、1999年~2013年頃はゲーム雑誌の仕事をしていました。前回の投稿をしてから今回まで時間が開いたのは東京出張で忙しかったからというのもあったのですが、この漫画のコマの「何でも思うがままっ」ていうセリフが、盛りすぎかなあ、と思って申し訳なく思い…。しかし今回の東京出張時、ゲーム業界の当時お世話になった人々に会う機会が何度かあり、ウーン、やっぱりそういう感じはあったかな、と思ったので、書くことにします。「調子に乗っていた」「いい気になっていた」そして人様に迷惑を掛けていたという辺りまで含めて、そんな感じだったかなと思います。

ゲーム批評

ゲーム業界での商業誌デビューが雑誌『ゲーム批評』だったことは自慢のひとつでした。ゲーム批評は広告を一切とらないことでゲームメーカーにおもねる記事を掲載しないという方針の、当時のゲームマニア好みの雑誌でした。この雑誌の執筆者になるためにはそれだけゲームに詳しくなければならないという雰囲気だったので、連載ができるようになったのは本当に嬉しかったです。ゲームメーカーの歴史を4ページにビッシリと書き込んでまとめた漫画でした。
当時の編集長は小野憲史さんでした。はやのんにとってはゲーム雑誌の仕事ができるようにしてくれた恩人です。

ファミ通

「ファミ通」のエンターブレインにも大変お世話になっていました。もともと漫画家になる前に師匠鈴木みそ先生がファミ通本誌で漫画の連載をしていたのでお世話になっていたわけですが、当時、先生からは仕事の紹介はしてもらっていなかったように思います。先生はそういうタイプの人ではなかったし、仕事は自分でとったほうがいいものという考えがあったのだろうと思います。(実際、その通りだったと思います。)編集者の方にお願いして挨拶回りをさせてもらったりしていて、NINTENDO64の頃の「ファミ通64」でゲーム攻略マップを描かせてもらっていたのが最初だったような気がします。当時はメーカーからマップデータをもらったりということはなかったので、全部目測で描いていました。実は10代の頃から地図を描く仕事をしていたため、特殊な感覚と技術を持っていて、そのおかげでゲーム攻略マップを職とすることができました。中学生の頃から『ウィザードリィ』シリーズなどマップを描きまくっていたので、それが仕事になるとは…という感じでした。

2001年から2004年は「ファミ通PS2」という雑誌で『気になったもんで』という漫画の連載をさせてもらっていました。月2回刊、5ページという変わったページ数で、ゲーム業界の面白そうなところに、編集者と一緒に取材に行って漫画にする、というスタイルのものでした。72話あったうち、27話?だったか?だけ、単行本になっています。当時の担当編集者さんたちには大変お世話になりました。あらゆる面で未熟であったため一番迷惑を掛けたのもこの辺りです。

ファミ通PS2の連載の最後辺りの時期は週刊ファミ通本誌でも連載をさせていただいていました。力不足が一番出たのがこの辺りだったと思っています。

Nintendo DREAM(ニンドリ)

2002-2013年と長きにわたって連載していたのはNintendo DREAMの『すすめ!天任家族』という漫画です。ゲーム大好き少年ダッシュ、その母かあさん、謎の動物ボギー、編集者たちが登場する、半分フィクション、半分ノンフィクションみたいなゲーム業界漫画でした。これも200話以上あったと思いますが単行本にはなっていません。

「ニンドリ」は任天堂ファンのための任天堂専門誌です。漫画連載はかなり前に終わりましたが、雑誌自体は現在も元気に刊行されています。
Nintendo DREAM
https://www.ndw.jp/

「プロの任天堂ファン」という語を生み出しました。
途中からなぜか爆濃鉄ヲタ漫画になった時期もありました。

ニンドリの仕事は自分がゲームを好きになった理由である宮本茂さんをはじめとする任天堂のクリエイターにお会いすることもできましたし、人生を変えてくれた恩返しをしたいと思い取り組んでいました。編集者の方々にも大変お世話になりました。一番漫画でイジらせてもらった当時の編集長サオヘンさんは漫画連載を始めさせていただいた恩がありますし、特に担当編集者かややんさんはゲーム雑誌、投稿ページ、ゲーム漫画を愛する真のプロゲーム編集者として尊敬しています。私より若いのに編集長になったりふぁさんとは今でも結構お付き合いがあります。みなさん、ずっと楽しいゲーム誌づくりにがんばっています。ずっと応援しています。

ゲーム攻略マップ

ゲーム攻略マップの仕事をしていたことは先述しましたが漫画の仕事をしながら、上記に加え、それ以外のゲーム誌、出版社でも、かなり多数のゲーム攻略記事、ゲーム攻略本のマップ描きの仕事をしていました。その数たぶん数百冊はあったのでは?マリオやゼルダ、ドラクエなどかなり有名なタイトルもありました。数日前この話をしたところ、元ファミ通編集長バカタール加藤さんが「ええ!知らなかった!儲かったでしょ!」と第一声…。さすがです。そこです。そうなんです。名前が出ないような仕事というやつでしたがかなり原稿料が良く点数が恐ろしいほどの量あったので…厚めの攻略本1冊やるだけで100万円超える感じでしたね?漫画よりも儲かる仕事だったのではないかと。ですから、大変ありがたく取り組んでいました。しかし残念なことに、時代が進んでメーカーからマップデータの提供がされるようになると、この仕事はなくなってしまいました。職人技として、かなり好きな仕事だったのですが…。当時のゲームライターのみなさん、編集者のみなさん、本当にありがとうございました。絵のためにデータ出しをしてくださったプレイヤーの方々にもお世話になっていました。

ゲーム業界漫画から理系漫画・研究広報へ

ゲーム雑誌は「メーカーチェック」というものがあり、原稿の内容は全部そのゲームのメーカー広報にチェックをしてもらわないと載せられない決まりになっていました。(今もたぶんそう?)

ですので、変な表現や危ない表現は避けるようにして内容を決める習慣がここで身に着きました。これがその後やるようになった理系漫画や研究広報のベースになっています。大学の漫画ですから、おかしなことは描けません。しかし、それよりも早く、ゲーム業界は、各種表現やポリティカルコレクトネスについて、何十年も前からかなり厳しい基準、判断感覚で取り組んでいました。その中で仕事をしていたおかげで、今、当たり前の感覚として、事故を起こさない広報、出版に取り組むことができていると思っています。

もうひとつゲーム業界から受けた恩恵は「ローカライゼーション」の感覚でした。日本のゲーム業界では日本のメーカーから発売される作品が、北米市場、欧州市場、その他…と展開していくのが基本で、そのために、単純な翻訳ではなくその地域の文化や宗教的背景も含めた内容に調整されています。このために、ローカライズを専門にする職の人々、本物の多言語、多文化の感覚を持つ人々の存在があり、間近で触れ合っていたおかげで、他地域へ出していくには、そういうものが必要なんだな…という理解を持つことができていました。これも現在の他言語版理系漫画出版、研究広報を支えてくれています。

取材や原稿制作についても、ゲーム業界、特にファミ通、アスキー、エンターブレインの手法が、強力に自分の仕事のやりかたを形作ってくれたと思って感謝しています。何か、恩返しができないものか?と常々思っています。

橋本長官のおかげ

ゲーム業界漫画についてお世話になったのが「猿楽庁」の「橋本長官」でした。猿楽庁はゲームがユーザーに届く前にあらゆる点においてちょうどいい感じに調整する役割を担っているちょっと変わった存在の会社で、橋本長官はそこのいちばんエライ人、はやのんが漫画家になる前から応援してくれていて、ゲーム業界漫画をあちこちで描くにあたっていつも取材先の紹介をしてくれていました。その中で一番気を付けてくれていたことが任天堂・ソニー・マイクロソフト…などいろいろなメーカーがあるけれど、「全部のメーカー、全部のハードの仕事をやること」というバランス調整でした。そのおかげで、ありとあらゆるゲームの漫画を描くことができたし、出版社も限定せずすべてのゲーム誌で仕事ができていました。これが橋本長官の、はやのんのゲーム業界漫画に対する「チューニング」でした。橋本長官は猿楽庁を退職後現在は会員制ゲーム業界サロンを経営しています。先週、久々に挨拶をしにいったら、元気そうでした。いい仕事をして恩返しを続けていきたいです。

どこか一か所だけでの仕事、と限定しない感覚は、その後の理系漫画でも非常にこだわっているポイントで、物理化学生物地学…みたいな分野も限定しないし、どこかの大学だけということもないし、どこかの研究所だけということもなく、ありとあらゆる分野の漫画を描くというスタイルを、非常に大事にやっています。近年は理系だけではなく、人文科学、社会科学の漫画も描いているし…。とにかく、みんなのために漫画を描きたいという感覚があって、それには、こんな話が、もとにあった…というわけでした。

長い昔話でした。

というわけでめちゃくちゃ長い昔話だったんですけど、まあ一度は書いておきたかったかな。というわけで、ありがとうございました。あとお礼を言い忘れてはいけない、各メーカーの広報さん、漫画に登場してくださった多くの方々、漫画を読んでくださった読者の方々…。今でも時々思いがけず連絡があったりすることもあります。ゲーム業界友達も、たくさんできた…!

楽しいゲーム業界でしたが、いろいろな意味で過酷、消耗が激しいところがあり、私はある程度のところで限界がきて、離れることになってしまいました。ゲームが趣味だったのが、仕事になってしまい、楽しめなかった時期が長くあったりして…。しかしさらに長い年月が経ち、近年またいい感じの感覚になってきたりもしていて、また、ゲームの仕事がやれたらなぁ~、と思うようになっています。

この話の続きを、書けるようにしたいものです。

↓つい先日こんな同窓会みたいなスタジオ演奏をしました!それもあって、今回の記事を書こうかなと思いました。

次回は、華やかなゲーム業界を離れ…理系の世界へ!

(次の記事)
理系漫画家になるには(7)-2005年世界物理年 World Year of Physics 2005

↑これは、はやのんが今仕事で使ってる、激安WACOMペンタブレットです。

[著者コメント漫画]理系漫画家になるには(5)-GoGo!ミルボ初登場

理系漫画家の過去漫画シリーズ、その5です。今回は2002年になり、理系漫画家はやのんの代表作『GoGo!ミルボ』が登場した辺りの話です。第1回はオーロラの話でした!取材モノの科学漫画スタート!オーロラ観に行ったの自費でしたよ?

(ここまでの記事)
理系漫画家になるには(1)-はじめまして!理系の漫画家です!
理系漫画家になるには(2)-石垣島でファミコンに出会い、高校で物理に出会うまで
理系漫画家になるには(3)-文系女子高生、物理学科を受験!?
理系漫画家になるには(4)-10社中5社から仕事が来た出版社持ち込みツアー

(前回までのあらすじ)沖縄の石垣島で育ったはやのん、文系女子高生だったのに大学は物理学科へ。上京しミュージシャンの夢破れ、バイト、生活苦、「しかたなく」絵の仕事を始め、東京の出版社持ち込みツアーをしたところ、10社中5社から仕事が来て、ある日を境に絵だけで生活できるように…。

このシリーズは2011年に描いた自己紹介漫画『理系漫画家になるには』をキリヌキで数話に分割して、ブログで無料公開するものです。このタイトルの通り、理系の漫画家になりたい人がいたら、何かの参考にしていただければと思います。


追記:どうもこのタイトルから「今デビューした瞬間の理系の漫画家」と思われたようで!?びっくりしました。1991年に商業誌デビュー、2002年に科学誌デビュー、2007年から「理系漫画家」と名乗り、理工系に特化した漫画を長年描いている者です…!
理系漫画家はやのんプロフィールのページ
Twitterにも略歴あります!


1999年5月の持ち込みツアーの時に訪問した10社のうちのひとつが「子供の科学」編集部でした。「自分は物理学科出身だから、科学の絵は描けるだろう」と思い、作品ファイルを持って挨拶に行きました。この絵に登場しているのは当時の副編集長Aさんで、大変お世話になりました。「編集長呼んでくるから待ってて!」と慌てているのを見て、「何で驚いているんだろう…?」と不思議に思っていたのですが、当時は理系でイラストレーター、という人が、あんまり?全然?いなかったからだとわかりました。今は掃いて捨てるほどいますけどね。編集長Nさんにも大変にお世話になり、科学誌の仕事に必要なことをいろいろと教えていただきました。

最初に絵を描かせてもらったのは何月号で、何だったんだろう…ごめんなさい、覚えていません。もう20年前のことです。実家にはバックナンバーがあるので今度見てみます。2000年の夏休み工作の別冊のためにたくさんのカットを描かせてもらうことができて、それで初めてまとまった額の原稿料を得た覚えがあります。

この夏休み別冊の絵を描いている最中に、「ミルボ」のモデルだった犬の「ミル」が死んでしまいました。「ミル」は他のゲーム雑誌の漫画連載で、「ミル犬」というキャラクターとして登場していたのですが、その生犬の「ミル」が死んでしまったので、ロボットの「ミルボ」をつくって漫画キャラクターにしました。

2000年~2002年は企画や読者コーナーの絵をずっと描かせてもらっていて、いろいろなチャレンジをさせてもらっていました。それより以前の誌面の絵とだいぶ違っていたので、嫌いだと感じた読者の方も多かっただろうと思います。

2002年になり、漫画連載スタート

それまで連載していたページものの漫画の連載が終わったので、ここぞとばかりに「漫画の連載をさせてください」と猛烈に押しました。私はゲーム雑誌の方ではすでに前の年からレポート漫画の連載を初めていたので(ファミ通PS2『気になったもんで』)取材漫画自体は、やれると思っていました。取材モノの科学漫画は多分珍しかったと思うので、だからこそやりたかったわけですが、前例のないものをやろうと思ってくれたNさんAさんには本当に感謝しています。

第1回はひとりで観に行ったオーロラの体験をもとに、名古屋大学太陽地球環境研究所(STEL、現在は改組して別の組織となっています)を初めて訪れ、当時の所長、上出洋介先生にオーロラのお話をしていただいて、漫画にしました。

名古屋大学太陽地球環境研究所
http://www.stelab.nagoya-u.ac.jp/index.html.ja

名古屋大学のサイトからpdfをダウンロードすることができます。
http://www.stelab.nagoya-u.ac.jp/ste-www1/pub/mirubo/gogo-aurora.pdf

これがその漫画です。
すっごい絵、すっごい色、すっごい文字です。私も雑誌が出たときビックリしたんですが。これにはわけがありまして…。

「2色刷りの漫画連載をしないといけない」となりまして、2色刷りの原稿のやり方を知らなかった私は、当時近所に住んでいた絵本作家のフジモトマサル先生を訪ねていきました。フジモト先生は当時美しい2色刷りの絵本をたくさん出版されていて、こんな私のこんな漫画絵のために、丁寧にやり方を教えてくださっていたのです。本当にありがたく、何十年も忘れていません。

で、2色刷りにしたかったのですが、どんな色が掛け合わされるのかをイマイチわかっておらず、色校正が出ないようなスケジュールだったのか何なのか色も見ず、第1回が出てしまいました。ぎゃー。文字も、漫画用の文字入れをしたことがない、どうやったらいいのかなあ、と編集担当の方が言っていたので、その言葉の通りだったのでしょう。とにかく、こうなりました。思い出話としておもしろいから、まあいいか!

その、フジモトマサル先生なのですが、逝去のニュースを2015年インターネットで見て本当に驚きました。心より哀悼の意を表します。すばらしい作品がたくさんありますので、みなさん、読んでください。
http://www.fujimotomasaru.jp/

この第1回の漫画の中では、上出洋介先生にオーロラのお話をしていただいたのですが、こんな話をしてもらっていました。

漫画の中で、主人公のミルボともるちゃんが、先生に質問をするわけです。二人は、「先生は何でも知っている」と思っていて、答を教えてもらいたがります。でも、上出先生は「うーん、それは、私にもわかりません!」と答えたのです。

科学者は、何でも答を知っている、と多くの人は思っています。でも、そうじゃなくて、わからないことがあるから、調べる、それが仕事なのだと。科学漫画の最初の取材で、この大事なことを教えていただくことができたんです。

この一言で、その後の私の科学漫画、理系漫画は、ずっと続いています。

名古屋大学太陽地球環境研究所からはたくさんのミルボ漫画の題材をいただきました。雑誌の話をもとに独立した冊子に描き起こした「…ってなんだ!?」シリーズもあります。たくさんあるので、研究所のホームページからダウンロードしてください。このシリーズには英語版、他の言語版もあります。いずれ改めて紹介します。

一般向け本コーナー、ミルボシリーズ
http://www.stelab.nagoya-u.ac.jp/ste-www1/doc/outreach_j.html

今回も長かったです。当時お世話になった方々に感謝しています。それから、その頃漫画を読んでくださった方も、本当にありがとうございます。うまくできなかった部分もあったけど、一生懸命描いていました。この漫画を見て理系になった、研究者になったと言ってもらえたこともあります。この漫画を見てレポート漫画家になったという人にも、最近出会い、自分ではうまくやれなかったこともあって悔やむことも多かったけれど、やっていてよかったんだなと思いました。

さて次回は理系漫画家と並行してやっていたゲーム雑誌・ゲーム業界仕事のお話です!

(次の記事)
理系漫画家になるには(6)-ゲーム業界昔話

↑これは、はやのんが今仕事で使ってる、激安WACOMペンタブレットです。

Japanese Science Cartoonist Hayanon Visits Goddard(2012)

2012年にNASA’s Goddard Space Flight Centerを訪問した際、Katrina Jacksonさんという方がはやのんを取材してインタビュー記事にしてくださったものがあるので、ここに掲載しておきます。

Japanese Science Cartoonist Hayanon Visits Goddard06.28.12  Goddard scientists work with many cool things on a daily basis, but few get the chance to be drawn into comic book characters. On June 14 and 15, Japanese science cartoonist Hayanon visited NASA Goddard to interview earth scientists for new comic strips. Hayanon is a mangaka – a master of Japanese comics called manga – and she holds a bachelor’s in physics. She writes and illustrates comic strips about science topics such as auroras, global warming, and cosmic rays. These comics are mainly aimed toward children and non-scientists, though she has written for many audiences.
(Article by Katrina Jackson)
…..

https://www.nasa.gov/topics/people/features/hayanon.html

結構長い記事が掲載されているので元のページをご覧ください。
https://www.nasa.gov/topics/people/features/hayanon.html

その後このGoddard Space Flight Centerからは地球科学に関する漫画冊子を3冊出版してもらうことができました。

詳しくは下記のページをご覧ください。
https://www.sciencemanga.jp/manga/
手続き不要、無料ダウンロードのご案内もあります。

↑はやのんが現在仕事で使っているWACOMペンタブレットです。かなり安くてしっかり使えます。

[著者コメント漫画]理系漫画家になるには(4)-10社中5社から仕事が来た出版社持ち込みツアー

理系漫画家の過去漫画シリーズ、その4です。今回は大学卒業から1年、東京の出版社持ち込みツアー!の辺りです。10か所回って半分から連載の話や仕事が来ていたので、あんまり、苦労話ではないと思います。それではどうぞ↓

(ここまでの記事)
理系漫画家になるには(1)-はじめまして!理系の漫画家です!
理系漫画家になるには(2)-石垣島でファミコンに出会い、高校で物理に出会うまで
理系漫画家になるには(3)-文系女子高生、物理学科を受験!?

(前回までのあらすじ)沖縄の石垣島で育ったはやのんが文系女子高生だったのに大学は物理学科へ、上京しミュージシャンの夢破れ、バイト、生活苦、「しかたなく」絵の仕事を始めました。

このシリーズは2011年に描いた自己紹介漫画『理系漫画家になるには』をキリヌキで数話に分割して、ブログで無料公開するものです。このタイトルの通り、理系の漫画家になりたい人がいたら、何かの参考にしていただければと思います。


追記:どうもこのタイトルから「今デビューした瞬間の理系の漫画家」と思われたようで!?びっくりしました。1991年に商業誌デビュー、2002年に科学誌デビュー、2007年から「理系漫画家」と名乗り、理工系に特化した漫画を長年描いている者です…!
理系漫画家はやのんプロフィールのページ
Twitterにも略歴あります!


東京での商業誌デビュー直前辺りのバイト生活~出版社持ち込み頃の話をします。

※地元沖縄での商業誌デビューは早くて、16歳の時でした…

これを語ろうと思ったのは最近、絵の仕事に就きたい若い人や駆け出しの人と知り合い、バイトと絵をうまくやることに苦労しているようなので、何か励ましになればと思ったからです。普段は自分の話をするのは好みません。昔話なんかするの、申し訳ないので…。

わかりやすいよう、年表を書きます。


1998年(22歳)3月、大学卒業、その頃沖縄から関東へ引っ越し。
1998年は千葉でバイトをしながらどうにもならない生活をしていた。
1999年(23歳)、東京に引っ越し、漫画家鈴木みそ先生のアシスタント、雑誌イラストレーター、日雇い倉庫バイトでどうにかこうにか暮らしていた。春頃出版社持ち込みツアー。「子供の科学」の挿絵描きの仕事をもらえるようになった。秋になり雑誌「ゲーム批評」で初の漫画連載スタート。
2000年(24歳)5月のある日、突然、バイトに行かなくても済むようになったことに気づきビックリした。


若い人が気になっているのは「どうやって出版社回りをしていたか」という辺りだと思います。これはこれで1記事として別に書くべきと思うので近々書きます。読みたい人はTwitterかブログにコメント入れてください。

私の場合は漫画家アシスタントをしていたので普通の定時があるバイトができませんでした。そこで1日単位でスケジュールが決められるいわゆる日雇いバイトをやっていました。今風に言うと派遣です。具体的には大手運送会社の倉庫での荷物仕分け、大手携帯会社での製品箱詰め、懐かしの牛柄ぱそこん会社での製品箱詰めなどをやっていました。ここだけゲーム業界なので実名出しますが、今はなきデジキューブの倉庫が一番好きで長く働いていました。この場所にはのちに取材で訪れることになります。

1日働いて、交通費と食費を抜いたら「5000円」。
これで東京の暮らしをどうにかやっていました。若くて貧乏で無知だったからお金の使い方も時間の使い方も下手でした。
しかしどうにかこうにか、手元のお金で、出版社持ち込み用の絵資料ファイルをつくっていました。今風に言うと「ポートフォリオ」です。

ポートフォリオの作り方はいろいろあると思いますが、原理的には、
(1)見せたい作品を集める
(2)連絡先
(3)プロフィール
がわかるような冊子的なもの…になっていればOKです。

見た方がわかりやすいと思うので今手持ちのポケットファイルに作品入れたの作ってみました↓ こんな感じです。中身がわかりやすいようにとかいろいろ工夫したりもして…その辺りの話はまた後日別の記事として書きますね。

今となっては自分が編集者なので「見る側」に。絵、プロフィール、連絡先といった必要な情報がわかればいいので、こんなのでいいです。多分? もっと意識高い感じのフォルダに収めている人もいると思いますよ。

これを出版社や編集者のところに持って行って、見てもらって、必要なときに仕事の声をかけてもらうわけです。

ポートフォリオのファイルは編集部の他の編集者に回してもらったり、そこら辺に転がしておいたりされることもあるのでそれを想定して作っておいたほうがいいです。今はデータで相手に見せることもあると思いますが、「実体あるモノ」の力は強い効力を発揮することがあるので、冊子体は必ず作ったほうがいいです。

で、
このファイル1冊をつくるのに、クリアポケット代、印刷インク代だけでも2000円くらいかかっていました。当時の私にとっては大金…。1日手取り5000円ですから、1日働いてはファイルを作り、編集部訪問をしてファイルを渡し、1日働いてはファイルを作り、編集部訪問をしてファイルを渡し、を繰り返していました。

1日バイトを休んで=その日無収入、交通費とおみやげ費をかけて挨拶回りだったので、生活面として正直大変でした。挨拶はまあまあ得意だったのでその点は良かったです。

1999年、24歳になる年の春頃、そういう暮らしをしていて、だいたい10か所まわって半分から仕事をもらえました。割とすぐにそうなったので、その部分では苦労はしなかったように思います。

1999年は大恩人の編集者Nさんのおかげでリクルートの住宅情報誌でイラストをたくさん描かせていただいていまして、夏以降は「子供の科学」の挿絵を毎号描かせてもらえるようになり、秋には雑誌「ゲーム批評」で初の漫画連載を開始していました。その他は当時ではまだ珍しかったウェブメディアとか、書籍の挿絵とか…仕事をしては持ち込み用ポートフォリオの絵を差し替え、仕事をしては差し替えして、ポートフォリオのバージョンアップを繰り返していました。ファイルの中身が最初はお金をもらっていない自作絵だけだったのが、雑誌掲載作品のみに変わっていきました。

翌年の2000年以降はファミ通やNintendo DREAM、その他ゲーム誌、そして女性誌などの仕事が増えていきました。それは数回後に書きます。

出版社への持ち込みのしかた、持っていく資料のつくりかたについては、今やっている方法を紹介しながら、また別で書きますね。ちょうど今月、挨拶ツアーにいくところですので。

話が長くなりすぎでしたね。退屈でなかったですか?長くなったので続きは次回!今回、漫画は1コマだけでしたね。

最後に一言…バイトしながら絵の仕事目指してる人、駆け出しで掛け持ち仕事してる人、応援してます!今後も、励ましになるようなものを書いていきます。

内容のリクエストあったらDMとか送ってください。

(次の記事)
理系漫画家になるには(5)-GoGo!ミルボ初登場

↑これは、はやのんが今仕事で使ってる、激安WACOMペンタブレットです。